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背に滅≠フ字を背負い、鬼を斬る鬼殺隊。
私はその隊士たちの首裏を手刀で突き、次々と気絶させた。
その場に残ったのは、たった一人、怯えた表情で私を見上げる女隊士だった。
私が腰から静かに抜いた日輪刀は、その美しい刀身に月光を反射した。
覚束ない足取りで逃げ惑う女隊士に、私は徐々に距離を詰めてゆく。
ついに、女隊士は木の根元に片足を取られて転倒した。
私は目深に被った黒頭巾の下から、女隊士を無表情で見下ろした。

「何故逃げるのです?」
「こ…来ないで…!」

このような深い森の中腹で、しかも真夜中だ。
助けはなかなか来ないだろう。
そう思っていたのに、突如己に向けられた斬撃に、私は邪魔が入ったと思った。

炎の呼吸 弍ノ型 昇り炎天

それを身軽に回避し、現れた人物と距離を取った。
背に庇われた女隊士は、その人物を見て安心したのか、両目から涙を落とし始めた。

「炎柱様…!」
「怪我はないか」

炎柱と呼ばれたその人は、私を見つめながら女隊士に言った。
特徴的で奇抜な髪色。
眼力のある瞳。
炎を彷彿とさせる羽織。
私は鬼殺隊の柱に遭遇してしまったようだ。
それでも、私の顔色は変わらないし、変えられない。
炎柱は物静かに訊ねた。

「ここへ来るまでに、六人の隊士が気絶していた。
やったのは君か?」

私は何も答えなかった。
目深に被った黒頭巾に半分以上が隠れている私の目を、炎柱は真っ直ぐに見つめた。

「俺は炎柱、煉獄杏寿郎だ。
君は何者だ?
隊服ではないが、鬼殺隊なのか?」

不意に、私は背後に邪な気配を感じた。
それは炎柱も同じだったらしく、私の背後に視線を送った。
不気味に這い出てきたのは、赤黒い肌をした異能の鬼だった。
血の色をした両眼を私に向けながら、口から涎を垂らしている。

「この匂い…稀血だ…」

炎柱の背後に庇われている女隊士が悲鳴を上げた。
鬼は私しか眼中にないようだった。

「喰わせろォ!稀血ィ!!」

鬼が私に飛びかかるより前に、炎柱が動くより先に、私が動いた。
本能的に放たれるのは、月光が注ぐ宵闇に相応しい横薙ぎの斬撃。

月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮

三日月型の刃を乗せた一閃は、鬼の頚を簡単に刎ねた。
その斬撃を見た炎柱が油断するのを、私は見逃さなかった。
叩き込むように地を蹴り、炎柱の背後にいる女隊士の襟首を掴んだ。
邪魔をされないように炎柱から距離を取り、大木に女隊士を背中から叩きつけた。
そして、私は両腕で日輪刀を振り被った。

「よせ!!」

炎柱の声など、今の私にとって抑止力の欠片にもならない。
女隊士の右頬に擦れそうになる限界の位置で、日輪刀の切先を大木に突き刺した。
そして、私は黒頭巾を脱いだ。
安堵の次は恐怖で涙を落とす女隊士に、私は抑揚のない口調で訊ねた。

「私が誰か分かりますか?」
「あんたは…やっぱりあの時の…」
「覚えていてくださいましたか」
「なん…で…生きてるの…」

炎柱が日輪刀を構えている。
その刃は燃えるような炎刀だった。
私は炎柱に目もくれずに、淡々と話を進めた。

「この日輪刀が誰の物か、あなたならお分かりでしょう」

今にも女隊士の頬を擦りそうな、青き刀身。
女隊士は恐怖で目を血走らせ、全身が痙攣するように震えていた。
炎柱から闘気と警戒心を感じながら、私は言葉を続けた。

「十日前にあなたが見殺しにした隊士の物です」

女隊士は震える唇で何も反論しない。
私は目をすっと細めた。

「あの鬼は異能でも何でもなかったのに。
確実に頚を斬る隙があったのに。
何故、見殺しにしたのですか?」
「ごめんなさい…!」
「あなたは鬼狩りではないのですか?」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「謝るだけでは分かりません」
「もう殺して…っ」
「殺すつもりはありませんよ」

その言葉は炎柱に向けた言葉でもあった。
私は女隊士に対する憎悪と怨念を持つ一方で、殺意はない。
炎柱は成り行きを見つめながらも、構えと警戒心を解かない。
女隊士は涙で言葉に詰まりながら言った。

「あの時は…ただ…っ、怖くて…!」

全てが言い訳にしか聞こえない。
日輪刀の青い刀身が、怪しげに月光を反射している。

「恐怖で逃げ出しましたか?」

女隊士は震えるように頷いた。

「それで見殺しにしたのですか?
あの隊士はあなたに助けを求めていたのに。
私の祖母も…助けられたのに」

私は何の感情もないような口調で話し続けた。

「ただ、私はあなたに理解して欲しかったのです。
自分がどれだけ憎まれ、恨まれているのかを」

突き刺さった日輪刀から、憎悪や怨念を感じてくれたなら、それで充分だ。
私は日輪刀を大木の表面から引き抜き、鞘に収めた。
その動作を見た女隊士は悲鳴を上げ、ついには失禁した。
なんて無様なんだろう。
私は炎柱に視線を遣った。

「仲間を脅した私を捕らえますか?」

炎柱の返事も聞かずに、私はその場から姿を消した。



2022.1.26





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