11-2
那桜の屋敷を訪れるのは久方振りだ。
俺の任務の都合上、逢瀬をする場所は商店街や甘味処を選んでいた。
陽光が差す合間に逢っていたが、今日は違う。
任務の後に、ここへ来た。
陽は既に落ち、星が煌めき始めている。
俺は門戸を開けて敷地内に入り、玄関前で溌剌と言った。
「御免ください!!」
「はーい」
可愛らしい声が聞こえるだけで、俺の心は踊る。
横開きの格子戸が開くと、端正な顔立ちが俺を出迎えてくれた。
その綺麗な微笑みは、貼り付けられたものとは違う。
「お待ちしておりました」
「邪魔するぞ」
「どうぞお上がりください」
那桜は来客室ではなく、箱膳の準備された居間に俺を通してくれた。
この居間で、那桜は祖母と毎日食事をしていたのだろうか。
「煉獄さん、その風呂敷は?」
「君に話していた着衣だ」
風呂敷に包んで持ってきたのは、夜着や隊服などの着衣を持ってきた。
こうして夜に逢瀬をする時の為に、持ってくると話してあった。
那桜は襖を開けると、居間の隣にある部屋に置かれた箪笥の引き出しを一つ開けた。
そこは空になっていた。
「この引き出しを煉獄さん用にしましたので、ご自由にお使いください」
「ありがとう!」
「私は厨へ行ってきますね」
那桜は俯き加減で、且つ若干早足で部屋を出た。
その様子を見た俺は、ふと笑った。
那桜は恥じらっているのだろう。
俺が着衣をこの屋敷に置いておくということは、泊まれるようになるということだからだ。
そして今夜、泊まる約束をしている。
那桜が準備してくれた引き出しに着衣を片付けた俺は、いい匂いを辿って厨へ向かった。
浴衣姿の那桜は、飯杓子で何かを混ぜているようだった。
俺が顔を覗かせると、釜で炊かれた薩摩芋ご飯が目に飛び込んできた。
「今日もうまそうだな!」
「沢山ご用意しましたよ」
十人前以上食べる俺の為に、那桜は腕を振るってくれたようだ。
不意に那桜と視線が合った。
俺が那桜の手元を覗き込んでいたから、互いの距離が近い。
瞬く間に那桜の頬が紅潮したが、那桜は俺から視線を逸らさなかった。
これは、欲に抗えそうもない。
そうするのが当然のように、俺たちは唇を重ねた。
短い口付けが終わると、那桜は恥じらいを隠せずに言った。
「あの…準備しますから…ね?」
「そうだな」
俺は曖昧な返事をして、再び那桜の唇を塞いだ。
飯杓子を手に持ったままだった那桜は、それを釜に置き、俺の背中に両腕を回した。
どうやら、応えてくれるようだ。
俺は那桜の後頭部と腰に手を回し、角度を変えて啄むように口付けた。
こうして口付けができるのは、屋内だけだ。
屋外でも変わらず愛らしい那桜に、何度口付けたくなったか数知れない。
「ん…っ」
長い口付けの合間に、那桜の声が漏れた。
その甘い声が俺の理性を強く揺さ振る。
唇を離すと、那桜の潤んだ瞳に堪らなくなる。
「腕の怪我はどうだ?」
「痕も残っていませんから…ご心配には及びません」
「もう治ったのか、早いな」
「婆様の薬のお陰です」
深い裂傷に見えたが、痕も残らなかったというのか。
それにしても、完治するには早い。
再び那桜の唇を塞ぎ、口付けを幾度も繰り返した。
那桜は熱い吐息を零すと、呟くように言った。
「煉獄さん…準備をしないと…」
「もう少しだけ口付けたい」
「それならこれをどうぞ」
「……ん?」
突然差し出されたものに、俺は理解が遅れた。
那桜から箸で口元に差し出されているこれは、芋だ。
俺は抗うことなく、ぱくりと食べた。
「うまい!」
これもまた非常に美味だ、気に入った。
那桜はいつの間にか鍋の蓋を開け、そこから薩摩芋の甘煮を箸で摘んでいたようだ。
口付けに夢中になっていた俺は、全く気付かなかった。
間髪入れずに、次の甘煮が口元にやってきた。
「うまい!」
「もう一つ」
「うまい!」
「ふふ、まだ食べます?」
「うまい!」
那桜は楽しそうに笑った。
俺は煮崩れのない甘煮を頬張りながら、那桜の表情に満足した。
那桜がこうして笑顔で過ごしてくれるのならば、何度でもうまいと言おう。
2022.2.13
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