9

炎柱としての任務を控えている俺は、帝都にある甘味処へ向かっていた。
元継子だった甘露寺から強く勧められていた店だ。

―――お慕いしております…とても。

不意に那桜の台詞を思い出すと、笑みが零れる。
俺も那桜も、恋心を自覚してから想いが実るのは早かったようだ。
それはとても幸福なことだと思う。

互いの想いが伝わって以来、俺たちは文通をするようになった。
鎹鴉の手が空いた時、那桜宛の文を届けてもらう。
このようにして交流が持てるならば、もっと早く文を書くようにすれば良かったとつくづく思う。

那桜は整った字で、日々の出来事を書き綴ってくれた。
例えば、医師だった祖母が往診に向かっていた家を一軒一軒回り、祖母の死を伝えていること。
祖母が残した医術書を読み漁り、特に怪我の治療に関して熱心に学んでいること。
更に勉学の合間には自己流の鍛錬もしていること。
那桜は栄養失調で失った膂力を取り戻そうとしているが、それは鬼殺をする為でもあるのだろうか。


「煉獄さん」

甘味処の前で待ち合わせていた恋人は、俺を見つけると駆け寄ってきた。
この純粋な微笑みと、駆け寄ってくる愛らしさが堪らない。
俺は普段通りに溌剌とした声で言った。

「那桜!待たせたか!」
「先程着いたばかりです」

思いきり抱き締めたい所だが、ここはぐっと我慢した。
那桜は三日前に稀血を使う為に怪我をしたばかりで、着物の袖の下には包帯が隠れているのだ。
代わりに頬を右手で撫でると、那桜は照れ臭そうに目を伏せた。

「今日も愛らしいな。
着物もよく似合っている」
「ありがとうございます」

蜻蛉玉の帯飾りが陽光を控えめに反射している。
那桜は容姿端麗で、こうして街中にいると人目を引く。
逢瀬は那桜の屋敷でも構わないのだが、炎柱である俺は多忙で非番も極めて少ない。
那桜と相談した結果、こうして俺の警備担当地区から遠くない甘味処まで足を運んでくれたのだ。

「遠かっただろう。
疲れてはいないか?」
「これでも少しは鍛えていますから」

俺は屋台の長椅子に那桜と並んで腰を下ろした。
店主のお婆さんが草履を擦りながらのんびりと歩いてきて、茶の載った盆を長椅子に置いた。

「いらっしゃい、さて何に致しましょう?」
「俺はみたらし団子を十本!」
「私は抹茶の餡蜜をお願いします」

お婆さんはにっこりと笑うと、屋台へ戻っていった。
俺たちはその背中を見送り、次に互いの顔を見合うと、自然と顔が綻んだ。

「十本に驚いてしまいました」
「俺はよく食べるぞ!」
「知っています」

那桜は口元に手を遣ると、可愛らしく笑った。
那桜の右側に腰を下ろしている俺は、那桜の左肘下に隠れているであろう包帯がふと気になった。

「怪我の具合はどうだ?」
「ちゃんと塞がりましたよ」

あの時の俺は、那桜の怪我を他所に、その体を壁に押し付けて逃げられないようにしてしまった。
結果的に想いは通じ合ったが、帰りに何度も謝罪したものだ。

「婆様の薬はとても効果が高いのです」
「君の祖母は優秀だな」

祖母の話を笑顔で語れるようになったのは、那桜にとって大きな進歩だ。
那桜の祖母は優秀な薬師だったらしい。
俺が那桜を介抱した際に飲ませた薬湯も、祖母によって調合されたものを那桜が煮出したそうだ。
那桜は俺の目を見ながら言った。

「お話したいことがあります」
「うむ、どうした?」
「今朝、刀鍛冶の鋼鐵塚さんというお方が屋敷にいらっしゃいました」

変人で癇癪を起こしがちだと有名な、あの刀鍛冶か。
己が仕上げた刀を剣士に折られたり無くされたりすると、異常なまでに激昂するらしい。

「日輪刀をいただきました」
「そうか、なかなか早かったな」
「やはりご存知でしたか」
「お館様から話は聞いていた。
君に日輪刀を渡したい、と」

鬼殺隊の助力となるであろう那桜に、お館様は日輪刀を所持して欲しかったのだろう。
刀鍛冶の里へ直々に文を送り、那桜の刀を打たせたのだ。
那桜は俺の目をじっと見た。

「何故、日輪刀のことを話してくださらなかったのですか?」
「傷付いている君に、日輪刀を持てとは言えなかった」

祖母を見殺しにされ、目の前で惨殺された那桜に、鬼と戦えとは言えなかった。
たとえ護身用だとしても、簡単に口に出せる内容ではないと思った。

「黙っていてすまなかった」
「気遣ってくださったんですね」
「俺はずっと君を心配していたからな」

那桜は嬉しそうに微笑むと、俺の肩に頬を寄せた。
嗚呼、愛らしくて堪らない。

「日輪刀、ありがたく頂戴致します」
「君は膂力がなくとも鬼の頚を斬れるようだからな。
俺の予想では、君の呼吸が関係していると思うが」

あの剣技から繰り出される三日月型の刃が、鬼の頚を斬る助力となっているのだろう。
那桜もそれを理解している筈だ。
その時、年老いた声がした。

「みたらし団子と抹茶の餡蜜をお持ち致しました」

那桜は俺から慌てて離れると、姿勢を正した。
俺はその様子につい笑ってしまった。
盆に載せられた抹茶の餡蜜に、那桜は表情をぱっと明るくした。
俺の皿には、みたらし団子が十本積まれている。

「いただくとしよう!」
「いただきます」

木匙で白玉団子を上品に口へ運んだ那桜は、幸せそうな顔で俺を見た。
それを見た俺も、みたらし団子を口に運んだ。

「うまい!」

これは完全に口癖だ。
那桜はこれを聞く度に、嬉しそうに顔を綻ばせる。

「日輪刀の話に戻るが、刀身の色は変わったか?」
「紫でした」
「紫?水の呼吸の青に近い紫か?」
「うーん、どちらかと言うと白に近いかと」

那桜の父は炎の呼吸に適性があった。
だからこそ、元炎柱であった俺の父が育手となった筈だ。
その娘である那桜も、炎の呼吸に適性があるのではないかと思っていたのだが。
俺はみたらし団子の串を皿に置き、那桜の透き通った瞳を見つめた。

「那桜」
「はい」

那桜も餡蜜の皿を盆に置き、俺と向き合った。
真剣な話をしようとしていることに気付いたようだ。

「君に天賦の才があることは充分に理解しているつもりだ。
しかし俺は君に剣士よりも、屋敷で安全に過ごして欲しいという思いの方が強い」

お館様も胡蝶も、那桜を有能な剣士として鬼殺隊に招きたいと思っている。
那桜が入隊すれば、間違いなく鬼殺隊を支える大きな力となるだろう。
しかし、俺は那桜を危険な目に遭わせたくはない。

「俺が君を守る」

俺の台詞を一言も聞き逃すまいとする那桜は、綺麗な瞳を潤ませた。

「日輪刀は万が一の備えとして持っておくだけで構わない。
君がもし鬼殺の剣士になるのを望むのであれば、俺はいつでも君の力になろう。
俺と君とでは呼吸こそ違うが、俺が君の育手になっても構わない」

鬼殺の剣士になるのか、ならないのか。
それは那桜の自由だ。
俺は那桜の意思を尊重する。
たとえどちらの道を歩もうとも、那桜を守りたいという俺の思いは不変だ。



2022.2.8





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