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翌朝の大広間で、俺は欠伸をしながら朝食を平らげた。
寮を出た時からあの猫をさり気なく探しているけど、その姿は見えない。
お腹いっぱいになった生徒が、続々と大広間から出始めた。
俺たち双子もその中に混じると、フレッドが眠そうに訊ねてきた。
「今から何の授業だっけ?」
「魔法薬学だ」
「げっ、スネイプかよ」
朝から陰気臭い地下牢に行くのは憂鬱だ。
すると、廊下の先に不思議ちゃんのルーナを発見した。
その足元に、あの猫の姿はない。
ルーナの隣にはあの子、アフロディーテ・スチュワートが歩いていた。
俺は無意識に口を開いた。
「…あの子がいる」
組分けの儀式以来、フレッドとの間にあの子の話題が出る機会はなかった。
あの子は三つ年下だし、このまま卒業まで関わりはないものだと思っていたくらいだ。
でも、そうではなさそうだ。
フレッドと視線を合わせて、ニヤリとした。
俺たちは二人の背後から驚かすように話しかけた。
「おはよう諸君!」
「朝食のかぼちゃジュースは飲んだかい?」
あの子は驚いた様子で此方を見たけど、ルーナはすいっと振り向いた。
「おはよう、今日も元気だね」
今日も煩いね、に聞こえたのはスルーした。
俺の目はあの子に釘付けになった。
アッシュブロンドの髪、可愛らしい顔立ち、レイブンクロー色の瞳、そして聖女らしい優しい雰囲気。
それをこんなに間近で拝めるなんて。
「其処の君は初めましてだね。
俺はフレッド・ウィーズリー。
同じ顔の――」
「俺はジョージ・ウィーズリー」
俺は無意識にフレッドの台詞を遮り、あの子に名乗っていた。
あの子は綺麗な笑顔を見せてくれた。
「初めまして。
アフロディーテ・スチュワートです」
「宜しく、アフロディーテ。」
「宜しくね」
「ジョージって呼んでくれよ」
「ありがとう、ジョージ」
俺が差し出した手を、聖女アフロディーテは握ってくれた。
フレッドはぽかんとしていたけど、アフロディーテの空いている手を負けじと握った。
「俺の事も宜しく、聖女様!」
「此方こそ」
俺はフレッドに拗ねた顔を向けたけど、フレッドは笑うだけだ。
こいつ、絶対わざとだ。
俺はアフロディーテの手を握りっぱなしのフレッドの肩を肘で小突き、話を逸らした。
「ところで、猫ちゃんは?」
「猫ちゃん?」
「そう、猫」
「あたしのお友達の猫だよ」
「あの子の事ね」
アフロディーテもあの猫を見た事があるらしい。
ルーナはゆったりとした口調で言った。
「いつも急に現れるよね」
「誰かの猫なのかな?
それとも迷い猫かな?」
「迷い猫にしては綺麗過ぎるよ。
凄ーくふわふわだし。」
「次に逢ったら抱っこしたいな」
「如何かなあ、あの子抱っこ嫌いだもン」
如何やら、抱っこが嫌いな猫らしい。
今は猫よりも、アフロディーテと話せた事が嬉しい。
陰湿なスネイプの魔法薬学も乗り切れそうな勢いだ。
人通りが少なくなってきた廊下を見て、ルーナがアフロディーテを催促した。
「アフロディーテ、そろそろ行かないと」
「うん、それじゃあ」
アフロディーテは俺たちに手を振り、歩いていった。
俺がぼんやりとアフロディーテの背中を見送っていると、フレッドに肩を小突かれた。
「如何した相棒?」
「別に」
「ふーん」
フレッドが俺を見てニヤニヤしている。
俺が何を考えているのか、フレッドには見透かされそうだ。
なんたって、俺たちは双子なんだから。
2019.6.3
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