労いの言葉

結局、明日はデートの前に時間を取り、自習カフェとやらに行く事にした。
偶然にも勉強会メンバーの全員の予定が合ったから、欠員は誰もいない。
寝坊癖のある越前君も来るみたいだから、少し驚いた。
面倒臭がって来ないものかと思ったのに。
とりあえず、今日はテニススクールに行ってみっちりコーチングして貰わなきゃ。
靴箱まで一人で階段を降りていると、階段を駆け下りる音がした。

「ちょっと待ちなよ。」

『あれ、越前君?』

「時間ある?」

あたしは腕時計を確認してから、頷いた。
二人で中庭に出て、白いベンチに隣同士で腰を下ろした。
越前君が気不味そうな顔をしていて、あたしは目を瞬かせた。

『如何したの?』

「勉強してた時、アンタが怒ってるのが分かったから。

昨日は、その…ごめん。」

越前君は謝罪されたあたしの反応を見ようと、此方をチラッと見た。
あたしは緩く微笑んだ。

『あたしの方こそ、ごめんね。

今夜にでも電話でちゃんと話そうと思ってたんだよ。』

「何でアンタが謝んの?」

『自分の事じゃないのに、首突っ込み過ぎた。』

二人に仲良くして欲しいからといって、関わろうとし過ぎた。
なんとしても付き合って欲しいと思っている訳じゃない。
越前君に朋ちゃんの気持ちに向き合って欲しいだなんて言うのは、越前君にとって迷惑な話だっただろう。
越前君には越前君なりの考え方があるのに。
あたしは俯き、足元を見つめた。

『お節介だったよね。』

「そんな事ない。

アンタが聞いてくれて助かってる。」

『助かってる…?』

如何いう事?
あたしには越前君を助けている自覚なんてない。
俯いていた顔を越前君に向けると、越前君の表情はとても真剣だった。

「誰かに話聞いて貰わないと、やってらんない。

アンタには腹を割って話せるし…。」

越前君は照れ臭くなったのか、人差し指の先で頬にぽりぽりと触れた。
あたしは目を丸くしながらその様子を見つめていた。

「昨日もアンタの話をちゃんと聞いてなかった訳じゃない。

アンタにはどんな返事の仕方でもいいと思って…調子乗った。」

あのぶっきらぼうな返事の事を言っているんだろう。
別に∞やだ≠フ二つだ。
あれは調子に乗っていたというより、不機嫌そうだった。

『あのさ…怒ってたの?』

「別に俺ハゲてないし。」

―――このハゲーー!!!

あの絶叫を思い出した。
ハゲと叫んで勝手に電話を切った事を怒っているのか、と訊ねている訳じゃない。

『違うよ、そうじゃなくて…。

朋ちゃんは越前君が好きだから諦めないんだよ、って言った時。』

「ああ、それね。

確かにその時は馬鹿にされたのかと思ってムカついたけど――」

『馬鹿になんかしてないよ!』

思わず立ち上がりそうになった。
弁解しようとしたら、越前君がマイペースに話を続けた。

「分かってるから。

アンタはそんなつもりじゃなかったんでしょ。

俺がアンタを諦めたのは事実だし。」

越前君の様子を見ると、過去を完全に吹っ切っているのが窺える。
あたしへの気持ちも吹っ切って、友人として接してくれる。
その一方で、朋ちゃんは越前君を如何しても諦められない。
国光が話していたけど、越前君が気疲れするのも理解してあげなきゃいけないんだろうな。

『よく考えたよ。

越前君も大変なんだよね。』

「アンタもね。」

『まあね。』

お互いを労ったところで、そろそろ時間だ。
あたしは立ち上がり、テニスバッグを肩に掛けた。

『あたしの事、嫌になっちゃったのかと思った。』

「俺が?」

『うん。』

「愛を?」

『そう。』

越前君は眉を寄せた。
もし嫌なら、こんな風に話し合おうとしてくれないよね。

「言っとくけど…アンタは女友達の中で一番仲良いから。」

『本当?

あたしもだよ。』

男友達の中で、一番仲が良いのは越前君だと思ってる。
あたしはにこっと笑った。

『そろそろ行くね。』

「気を付けなよ。」

『ありがと、またね!』

「じゃ。」

話し合えて良かった。
今日は国光にいい報告が出来そうだ。


2018.5.29




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