勉強会の冬

季節は冬。
外は雪が降っていて、吐く息も白くなる寒さだ。
3年1組のクラスには、明日の期末テストと年明けの模試に備える生徒が居残って勉強していた。
机を向かい合わせてくっ付けて、教え合いをしている。
黙々と勉強したい生徒は図書室にいるから、この教室では気兼ねなく話が出来る。

『プリントおかわり!』

「愛ちゃん、ごはんみたい。」

隣の桜乃ちゃんがクスクスと笑った。
公欠が多いあたしは課題のプリントが多い。
血眼になってシャーペンを走らせ続け、これが最後の一枚だ。
猛烈に字を書き殴っていると、朋ちゃんから突っ込まれた。

「愛ってば早っ!

しかも字綺麗だし…。」

桜乃ちゃんの隣に座っていた朋ちゃんが、あたしの机の上のプリントを覗き込んだ。
得意の英語のプリントを終わらせたあたしは、やっと期末テストの勉強に入った。
教科書とノート、更にお供のノートを取り出した。

「なあ不二、この二問目の答えが合わなくてさー。」

「アンタ生意気なのよ堀尾!

教えて貰う側なんだから愛を敬いなさい。」

あたしの向かい側の席で勉強していた堀尾君は、朋ちゃんの怒りの形相に気圧された。
あたしは苦笑しながら、堀尾君があたしに渡したノートを確認した。
赤ペンでバツ印の書かれた問題は数学だった。

『二行目から違う。』

ノートを返し、シャーペンのキャップ側を使ってミスのある部分を示した。
可能な限り丁寧に説明し、堀尾君が問題を解き直した。

「お、解けた!

やっぱ学年トップの教え方は違うな!」

朋ちゃんに睨み付けられ、堀尾君は慌てて姿勢を正した。
机に両手を置き、あたしにペコッと頭を下げた。

「あ、ありがとうございます、不二先生!」

『何その呼び方。』

あたしが冷ややかな目で言うと、堀尾君はショックを受けたようだった。
朋ちゃんが勝ち誇ったような笑みを堀尾君に向けた。
堀尾君の隣には水野君がいて、更にその隣に加藤君がいる。
お馴染みのトリオ君たちだ。
加藤君が必死で唸っているのを見て、水野君が控えめに言った。

「不二さん、カチロー君にも教えてあげて欲しいんだけど…いいかな。」

『うん、そっち行くね。』

水野君には1年生の頃に告白されたけど、今は至って普通の友達だ。
当時は気まずそうにしていた水野君も、自然体になったと思う、多分。
桜乃ちゃんが申し訳なさそうに言った。

「愛ちゃん、次は私も…。」

『ちょっと待ってね。』

あたしは席を立ち、一番遠くに座っている加藤君の元へ行った。
加藤君がせっせと解いていたのは、英語の長文読解の問題だった。
これは一度英文に目を通した方が良さそうだ。
解答に時間がかかりそうだから、加藤君は遠慮がちだったようだ。

「ありがとう、不二さん。」

『いいんだよ。』

あたしは近くにあった空いている椅子を引っ張り、加藤君の机の傍まで移動した。
椅子で足を組みながら英文に目を通していると、生意気な声がした。

「アンタたち、愛に甘え過ぎ。」

あたしの席の斜め前に座っているのは、生意気代表の越前君だ。
机に頬杖をつきながら、片手でシャーペンをくるくると器用に回している。
勉強が進んでいるような気配が全く感じられない。
堀尾君が口を尖らせ、斜め前にいる越前君に不満を言った。

「不二に勉強教えて貰う会なんだぞ。」

「教えて貰い過ぎ。」

不二に勉強を教えて貰おう、などと言い出したのは堀尾君だった。
それがきっかけで、勉強会に至った。
しかも、この勉強会は気付けば2年生の春から続いている。
集まった回数もなかなか多いと思う。
でも不二に勉強を教えて貰う会≠ネんかじゃなく、普通の勉強会の筈だ。
加藤君に教え終わったあたしは、桜乃ちゃんの隣に戻った。
桜乃ちゃんから数学の問題集を受け取ったあたしに、越前君が不満を言った。

「愛も教えに行くんじゃなくて、向こうから来て貰いなよ。」

「リョーマ様の言う通りよ!」

『うん、じゃあそうして貰おうかな。』

皆が頷いてくれたのを確認してから、問題集と向き合った。
何時からか、越前君はあたしを下の名前で呼ぶようになった。
今となっては、違和感もなくなった。
以前、如何して下の名前で呼ぶのかと訊ねたら、こんな返事が来た。

―――アンタの事吹っ切れたから、下の名前で呼ぶ。

今思い出しても、やっぱり意味不明だ。
あたしは自分の勉強を進めるのも程々に、特に堀尾君に教えた。
夕方5時の15分前になった時、あたしのスマホのアラームが鳴った。
お気に入りのゲームでレベルアップした時の音だ。

『あ、時間だ。』

「もうこんな時間だね。」

桜乃ちゃんが壁の掛け時計を見た。
あたしはガタッと立ち上がり、スクールバッグに片付けを始めた。
バッグにはイルカのキーホルダーが揺れている。

『ごめんね、先に帰るね。』

「残りはあたしたちで頑張るから!

愛も勉強頑張って!」

朋ちゃんが親指をグッと立ててみせた。
勉強会は夕方6時までだけど、あたしは先に抜けると話してあった。

『それじゃあ!』

皆と挨拶を交わして、半ば早足で教室を出た。
一階まで降り、靴箱を開け、素早くローファーに履き替えた。
テニスラケットの入っていないスクールバッグを肩に掛け直し、正門へと向かった。
門の片隅で本を手に立っているのは、待ち合わせをしている人。

『国光!』

あたしはパタパタと走った。
その人は本を閉じ、ふと微笑んでくれた。

「愛。」

2年半が経っても変わらず大好きな人。
手塚国光が其処で待っていた。



2018.4.8



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