クリスマスデート-2
混雑したバスを乗り継ぎ、無事に不二宅の最寄り駅に到着した。
国光と二人きりであの公園のベンチに腰を下ろしていると、近所の家からローストチキンらしい匂いがした。
いい匂いだけど、イベント会場で沢山食べたあたしはお腹いっぱいだ。
『国光はあたしが大会をセーブするのは反対?』
「いいや、そんな事はない。
15歳になれば大会出場数の制限がなくなるだろう。
高校に上がれば、お前が更に無理をするのではないかと懸念していた。」
高校は中学よりも公欠が取り易い。
青学高等部はテニスの強豪校だ。
たとえ公欠が多くても、課題を提出すれば単位が貰えるシステムだ。
確かに華代が青学に来たいと言う前までは、国際試合の出場数を増やそうと思っていた。
テニス漬けの日々はあたしを充実させてくれるし、もっと腕を上げたいと思っているからだ。
「部活は如何するつもりだ?」
『滅多に参加しないと思うけど、テニス部に籍だけ置いておきたいんだよね…。
これも生意気かな?』
「きっと問題ないだろう。
お前は特別だからな。」
国際試合の出場数を減らす代わりに、テニススクールの時間を増やしたい。
その為には部活への参加を減らす必要がある。
テニススクールがない日は、部活よりも華代のサポートに徹したい。
『全部華代が青学に来たらの話だけどね。』
「年末に二人でゆっくり話すといい。」
『また話し合ったら報告するね。』
「今度俺の家にも泊まりに来るといい。」
『…………えっ?』
沢山の間を取った後、遅ばせながら何を言われたのかを理解した。
ベンチからずり落ちるかと思うくらい衝撃的だった。
バクバクと鳴る心臓がやたらと喧しい。
『国光サン…冗談は控えめにね。』
「冗談ではない。
母と祖父がお前を是非招きたいと話していた。」
嘘でしょ…?
あたしが手塚宅に泊まる?
あの日本家屋の広いお家に?
物凄くハイレベルなおもてなしを受ける気がする。
緊張し過ぎて、今から禿げそうだ。
国光はマイペースに自分のショルダーバッグを開けた。
「どうせ禿げそうだと言い出すんだろう。」
『なんで分かったの…!』
「2年半も一緒にいるからな。」
『う、うん、そうだね…ありが――』
国光は突拍子もなく何かを差し出してきた。
あたしは一瞬フリーズしたけど、可愛らしく包装された箱を見たら、たちまち現状を理解した。
これは間違いなくクリスマスプレゼントだ。
口をぽかんと開けながら、それを両手で受け取った時。
顔を覗き込まれたかと思うと、ちゅっとキスが落ちてきた。
「メリークリスマス。」
『…っ、ありがと…。』
肩に手を置かれ、また唇を塞がれた。
プレゼントを開封したいのに、国光はキスを続けてくる。
『ん、待っ…。』
誰もいない公園の外灯の下で、キスを繰り返した。
国光とのキスは何時だって気持ち良い。
でも、今はクリスマスプレゼントの中身が見たい。
あたしは国光の胸板をぐいっと押した。
『もう、待ってってば。』
「…すまん。」
国光の反省した表情にきゅんと萌えたから、ほんの一瞬だけお返しのキスをした。
目を見開いた国光を他所に、バッグから包装された袋を二つ取り出した。
『はい、メリークリスマス!』
「俺に、か?」
『国光以外いないでしょ。
開け合いっこしよう?』
国光は大人しく頷き、あたしからプレゼントを受け取った。
これが三度目のクリスマスプレゼントだ。
「ありがとう…。」
『うん!』
私は待ちきれなくて、国光より先にプレゼントを開封し始めた。
包装紙を慎重に剥がし、箱の蓋を開けた。
外灯の下で姿を見せたのは、パステルピンクのキーケースだった。
しかも、あたしが好きなプチプラブランドの一つだ。
『嬉しい!
キーケース、凄く欲しかったの!』
「お前はバッグやポケットに鍵を突っ込むからな。」
『あはは…よくご存知で…。』
国光はあたしをよく見ている。
普段からあたしはあっちこっちに鍵を突っ込んでいて、落とさないのが不思議なくらいだ。
国光は包装された袋の一つを開封していた。
「これは…トレッキンググローブか。」
『年季入ってたでしょ?』
スマホ対応の高機能トレッキンググローブは、山登り用の手袋だ。
華代とショッピングセンターに行った時に購入した。
スポーティーなデザインと大人っぽい黒が、国光に似合うと思ったんだ。
「ありがとう。
それと…もう一つあるのか?」
袋はもう一つある。
トレッキンググローブよりも厚みがあって、大きな袋だ。
今日のあたしのショルダーバッグが大きめなのは、これを入れていたからだ。
『それは感謝の気持ち。』
「俺が何かしたか?」
『してるよ?』
国光は包装された袋を丁寧に開けた。
中に入っていたのは、国産オーガニックコットンの真っ白なスポーツタオルが三枚分だ。
『無難なチョイスでごめんね。
いいプレゼントが思いつかなくて…。
あたしが愛用してるタオルと同じなんだよ。』
つまり、国光があたしと同じスポーツタオルを使っているという事実が欲しかったのだ。
でも、そのスポーツタオルが良品なのは事実だ。
何度洗濯しても萎びない耐久性と吸水性が気に入っている。
『何時もありがとう。』
「感謝するのは俺の方だ。
お前の存在に救われている。」
『ほんと?』
国光がまた顔を寄せてきて、唇が重なった。
交際当初から、国光はキスが好きだ。
きっと相性が良いのが理由の一つだと思う。
短く触れるだけのキスが、徐々に甘くなる。
大好きと感謝の気持ちを込めて、何度もキスを繰り返した。
「メリークリスマス。」
『此方こそ、メリークリスマス。』
来年もその先も、ずっと一緒にクリスマスを過ごせたらいいね。
2018.7.28
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