白霊山編:資格

岩肌で伸び上がっていた邪見さまと合流してから、私たちは川を訪れた。
私は袴の帯を緩め、白衣だけを脱いだ。
川の流れに持ち去られないように気を付けながら、血の付着した袖を洗った。
この川で白衣の血を流すようにと言ったのは殺生丸さまだ。
殺生丸さまは既に血を洗い流し、皆と共に別の場所で私を待っている。

今日の出来事を思い出してみる。
私は二つの村を訪れ、七人隊の手で重傷を負わされた大勢の村人を治療した。
体内の解毒と切り傷の治癒となると、時間を要した。
けれど、その間にりんは殺されそうになった。

私は如何すれば良かったのだろうか――

白衣の水気を固く絞った後、荷物の袋から別の白衣を取り出した。
それに袖を通し、袴の帯を蝶結びに締めた。
川面に映る自分の顔を見ると、生気がない。
こんな顔で殺生丸さまたちの前に出たくないし、やっぱり一人で冷静になる時間が欲しい。
神聖な結界が張られ続けている白霊山を見つめてみる。
間違いなく、奈落は彼処に身を潜めている。
此処から遠くない場所に、かごめちゃんや犬夜叉さまたちがいる。
私は荷物の袋の口を紐で縛り、肩に掛けた。

―――やだ、行かないで…花怜さま。
―――傍にいてよぉ…。

りんの涙声が思い出される。
私は皆の傍にいてもいいのだろうか。
りんや殺生丸さまの元へ帰るのか、白霊山で奈落を追うのか。
それを迷う時点で、私はりんの傍にいる資格があるのかと疑ってしまう。

「花怜。」
『っ…!?』

背後からの不意打ちの声に肩が跳ねた。
ゆっくりと振り返ると、殺生丸さまが立っていた。
思い詰めていたせいで、その気配に全く気付かなかった。

『殺生丸さま…。』
「何処へ行くつもりだ。」

白霊山に向かおうかと迷っていたのを見抜かれている。
聖域に入ってしまえば、殺生丸さまは追って来られないのだ。
私は視線を落とした。

『少しだけ…一人になろうかと…。』
「私が許すと思うか。」

殺生丸さまは私に近寄り、私の腰をグッと引き寄せた。
肩に掛けていた荷物が滑り落ちた。

「私から離れるな。」
『私なら山の聖域にも入れます。』
「聞いているのか。」

きつく抱き締められると、強張っていた心が溶かされてゆく心地がする。
殺生丸さまは私の耳元で言った。

「私が…嫌になったのか。」
『違います…!』

私が首を横に振ると、殺生丸さまは抱き締める腕を緩め、私と視線を合わせた。
違うと言った私の真意を確かめようとしているかのように、私の目を見つめている。
殺生丸さまの金色の眼が哀しげで、私は心苦しくなった。
自然と殺生丸さまに顔を寄せて、唇を重ねていた。
少しばかり驚いた表情をする殺生丸さまに、力なく訊ねた。

『人里に降りた私は間違っていたんでしょうか。』
「何故思い悩む必要がある?」
『りんの命を脅かしてしまいました。』
「それは私の力不足だ。」
『いいえ、白霊山の結界せいで本来の力に遠く及ばなかっただけです。』

白霊山に潜伏している奈落は、七人隊を利用している。
殺生丸さまと私を引き離し、殺そうとした。

「全ての根源は奈落にある。
必ず奴を殺す。
その為にはお前の力が必要だ。」
『お傍にいても…いいんですか?』
「何度もそう言っているだろう。」

傍にいろ、離れるな――
何度も言ってくれるのに、何度も聞き返してしまう。
鬱陶しいと思われてしまうのも無理はない。
誰よりも傍にいたいと願っているのに。

「お前が自分に自信を持てないのは知っている。
根気よく付き合ってやる。」

私は目を瞬かせた後、思わず微笑んだ。
殺生丸さまは眉を潜めた。

「…何がおかしい。」
『嬉しいんです。』

顔が綻んでいると、殺生丸さまに唇を塞がれた。
今まで以上に、殺生丸さまの傍にいられる幸せを感じた。
その時、白霊山の結界が破れた。

「!」
『殺生丸さま、結界が…。』

結界内に潜んでいた大量の妖怪が、山から溢れ出した。
殺生丸さまは私の腰を強く引き寄せた。

「離れるな。」
『はい。』

まだ白霊山を去るのは早い。
もう少し、殺生丸さまと探ってみよう。



2018.10.17




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