白霊山編:亡霊

人里へ降りた私は、視界を埋め尽くす惨状に目を疑った。
大量の家畜が生き絶え、引きずったような血の痕跡があり、生々しい肉片が飛び散っている。
藁屋は崩壊しているけれど、焼けたような形跡はない。
血生臭い人間の臭いと、突き刺すような毒煙の臭いが充満している。
殺生丸さま程は鼻が効かないとはいえ、私にも充分に分かる臭いだった。

「もしや…蒼の巫女さま…!」

高齢の老爺が若い青年に付き添われながら歩いて来た。
二人共、手負いだ。
毒で息が上がり、肺から突風のような奇妙な音を出し、大量の汗をかいている。
片腕に分厚い包帯を巻き付けている老爺は、力なく両膝をつき、私に深々と頭を下げた。

「私の村をどうか…どうかお助けくださいませ…。」
『お顔を上げてください。』

この毒煙を一刻も早く浄化しなければ。
私は袴から柄を取り出し、霊刀を造り出した。
二人が見守る中、その刃先を地面に突き刺した。
霊気が波紋となって瞬く間に広がり、煙たかった空気が清らかに一掃された。
毒煙は滅したけれど、人間の解毒をしなければ。
既に体内に毒が回っている筈だ。
私は今にも崩れ落ちそうな老爺の背中に手を遣り、蒼い光で治療を始めた。
その様子を心配そうに見つめる青年に訊ねた。

『このお方は?』
「村の長老でございます。」
『この惨状は一体誰が?』
「ぼ…亡霊でございま…す…。」
『亡霊?』

亡霊、嫌な響きだ。
長老さまは話をしてくれた。
この村の周辺には七人塚の亡霊の祟り≠ニいう噂がある。
七人隊とは、十何年もの昔に東国の方からやって来た七人の雇われ兵隊だ。
どの城主の家来にもならず、戦を渡り歩いて仕事を引き受けていた。
人殺しを好む外道の集団は、その非道ぶりと強さで噂となっていた。
彼らに恐れをなした大名たちが、七人隊の討伐に乗り出した。
結果的に、七人全員が首を打たれて葬られ、祟りを恐れた土地の者たちが七人の魂を鎮めようと塚を建てた。
ところが最近になって、その七人塚が真っ二つに割れ、亡霊が逃げ出したという噂が広がった――

「あれは亡霊に違いありませぬ…。」

身体が完全に回復した長老さまは、大袈裟な程に震えていた。
私は次に青年の治療をしながら訊ねた。

『その亡霊はどのような姿を?』
「蛇のような刀を振り回す女々しい男と、背が低く太々しい男でございました…。」

村を訪れたのはその二人だけだという。
村人を斬り刻み、毒を振り撒いた。
まるで殺しを楽しんでいるかのような様子だったという。

「しかし、妙なのでございます。」
『妙?』
「家畜は死に絶えましたが、我々人間は重症ながらも誰一人として殺されておりませぬ。」

蛇のような刀を使う亡霊は、帰り際にこう言い放った。

―――せいぜい蒼の巫女さまとやらが助けに来るを待っときな。

私が此処に来るのを知っていた?
非道な殺しを好む彼らが、敢えて村人を生かした。
私に治療させる為だとしたら、それは何故だろうか。

まず、七人隊は何故生き返ったのだろうか。
四魂のかけらの力だとすれば、奈落の息がかかっている可能性がある。
奈落は殺生丸さまや犬夜叉さまを殺すようにと七人に命じたのかもしれない。
四魂のかけらの気配を感知出来る私は、七人にとって特に邪魔だ。
私は殺生丸さまから引き離された――?

急がなければ。
私たちを引き離す為だとすれば、付近の村も狙われる可能性がある。
治療する人間が多ければ多い程、私は長く足止めされてしまう。
もう手遅れかもしれない。

殺生丸さまなら、きっと大丈夫だ。
どうか…ご無事で。



2018.9.17




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