潮時

もうそろそろだと思っていた。
りんが奈落に誘拐されたとなると、やはり私が傍にいてやらなければならないと思った。
私にも奈落の手が及んだ今、殺生丸さまの傍にいれば私も安心する。

―――傍にいろと言っている。

殺生丸さまの言葉も私を後押しした。
責務と使命感を感じてばかりいた自分を変える時が来た。



「わしは許さんぞー!!」

邪見さまの叫びが森の中に木霊した。
不在の殺生丸さまに聞こえてしまいそうな声量だし、妖怪を呼び寄せそうで困る。
潮時を悟った私は人里に降りたとしても、回数を極端に減らす事にした。
滞在期間も一日未満で、夜には帰る。
殺生丸さまの前でも説明したのに、あれから何度説明しても、邪見さまは不満な様子だ。

『ですから、時々だけ。』
「わしとりんが拐われてもいいのか!」
『殺生丸さまがいるでしょう?
それに人里で食糧の補給をするのは大事です。』
「魚を獲れ、魚!」
『お米が食べたいです。』
「お前は人間か!」

邪見さまが私の存在を必要としてくれるのはありがたいけれど、此方にも事情がある。
りんが焼き餅を頬張りながら言った。

「邪見さまは花怜さまが本当にだいすきなんだねー。」
「やめんか!
殺生丸さまに殴られるわ!」
『あ、殺生丸さま。』
「ギクッ。」

邪見さまが恐る恐る振り向いた先には、帰って来た殺生丸さまが立っていた。
私が困ったように微笑むと、殺生丸さまは邪見さまを一瞥した。

「花怜。」

目線で呼び出され、私は殺生丸さまの背中を追った。
邪見さまとりんの姿が確認出来る距離で立ち止まり、私は殺生丸さまに言った。

『ありがとうございます。
困っていたから、呼び出してくれたんですよね。』

邪見さまの嘆きに困惑していた私を、殺生丸さまが引き離してくれた。
殺生丸さまは私に近寄り、手を伸ばした。
頬を撫でられ、顔の輪郭をなぞるようにして肩に腕を回された。
私と同じ姿をした妖怪を奈落に造り出されたあの日以来、殺生丸さまは私を確認するかのように触れる時がある。
私は殺生丸さまに寄り添いながら、その肩に額を当てた。

『邪見さまの言うように、やっぱり彼らの傍を片時も離れない方がいいんでしょうか。』
「お前の好きにすればいい。」

殺生丸さまはそう言いながらも、私を引き寄せる腕の力を込めた。
温かくて、心が安らぐ。
殺生丸さまの傍にいるのが一番好きだ。
それでも、私には疫病を治療する治癒能力がある。
それを必要とする人間がいるならば、持て余したくはない。

『時々だけ。』
「どの程度だ?」
『一ヶ月に二度は如何ですか?』
「…分かった。」

殺生丸さまが理解してくれたのなら、邪見さまも従う他ないだろう。
私たちは暫く抱き合っていた。



2018.6.27




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