首のない妖怪

叢雲牙の一件が片付き、私は束の間の平穏に浸った。
殺生丸さまは優しい愛を伝えてくれる。
生きている実感を与えてくれる。
だから私も、あなたに添い遂げる者として、強くありたい。
まず専念したのは、消耗した二つの気の回復だった。


殺生丸さま一行は、山の中腹を移動していた。
邪見さまとりんに休憩を取らせ、阿吽には二人の子守を頼んだ。
そして、殺生丸さまと私は二人だけで歩いていた。
木々の開けた崖まで辿り着くと、麓に流れる川を見つめた。
澄んでいた川は瘴気に溢れ、動植物が惨く侵されている有様だった。

『浄化します。』

隣に立つ殺生丸さまが頷いた。
私は柄を手に取り、霊気で弓矢を具現化した。
それを射ると、川底に突き刺さった矢から蒼い光が溢れ出した。
浄化の光は川を流れるように伝わり、動植物の亡骸も浄化され、澄んだ川の水が蘇った。
白霊山の結界が破れて以来、山奥から溢れ出た妖怪や瘴気の被害が、村々に広がっている。
殺生丸さまと私は妖怪や瘴気を見つけては始末するのを繰り返しているのだ。
ふと殺生丸さまから視線を感じた私は、袴に柄を片付けながら微笑んだ。

『まだ心配ですか?』
「悪いか。」
『いいえ、悪くなどありません。』

私が霊気を消耗すると、殺生丸さまは未だに心配の目を向けて来る。
先日、呪術師の怨霊を命懸けで引き剥がした。
それ以来、私の妖気と霊気が回復するのは早かった。

『ほぼ全快しましたよ。』
「ほぼ、だろう。」

霊気は全快したと断言してもいいけれど、妖気は八割程度の回復に留まっている。
私が苦笑してみせると、殺生丸さまに腰を抱き寄せられた。
殺生丸さまの端整な顔立ちが、私の視界いっぱいに映った。
額が触れ合うと、殺生丸さまの温かさを感じた。

『最近、よく触れたがりますね。』
「お前は不調が体温に出る。」
『殺生丸さまが仰るなら、そうなのかもしれませんね。』

不調が体温に出るなんて、私は知らなかった。
冥界が開いたあの日、殺生丸さまに指摘されて初めて気付いたのだ。
あの時の私は妖気と霊気を極端に消耗し、体温さえ奪われていた。

『今日は如何ですか?
私の身体は冷たいでしょうか?』
「本来よりもな。」

殺生丸さまは私の頬に手を滑らせた。
口付けを期待した私は、そっと目を伏せようとした。
それを思い留まったのは、妖怪が近付いて来たからだった。
私たちは寄り添ったまま、妖怪の方を振り向いた。
視野に入ったのは、鹿の妖怪が覚束ない足取りで近付いて来る姿だった。
ただの妖怪ではなかった。
何故なら、首がないのだ。
首だけが失われているなど、奇妙だ。
何者の仕業だろうか。
その斬り口は雑で、手慣れているとは思えない。

『己の首を探しているのでしょうか。』
「首の匂いはしない。」
『そうですか…。』

首がなければ、前も見えない。
鹿は私たちの前で苦しげに倒れ込んだ。
その足先は痙攣し、死期が近い事を知らせていた。
私は鹿の傍に片膝をつき、殺生丸さまよりも大きな身体に優しく手を翳した。

『安らかにお眠りください。』

その身体を一気に浄化し、苦しみから解放した。
成仏するようにと、目を閉じた。

「お前は慈悲深いな。」
『これでも巫女ですから。』

私が立ち上がろうとすると、殺生丸さまに右手を差し出された。
その手をありがたく取ると、途端に腰を引き寄せられた。
お預けとなっていた口付けが落とされると、安堵すると同時に胸が高鳴る。
殺生丸さまは口付けの合間に言った。

「…刀が騒ぐ。」
『天生牙が?』

殺生丸さまはそれっきり何も言わずに、熱の篭った口付けを繰り返した。
何故、天生牙は騒いでいるのだろうか。
殺生丸さまに何かを知らせようとしているのだろうか。
微かな不安に駆られた私は、殺生丸さまの背中に回す腕に力を込めた。



2019.9.29




page 1/1

[ backtop ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -