白霊山編:瘴気

一人で聖域内へ向かおうとする花怜を、私は引き留めた。
今日はひと時足りとも離れるつもりはない。

白霊山の結界が破れ、私と花怜は奈落の妖気を追った。
聖域の消え失せた山を移動するのは容易かった。
妖気を封じたままの花怜は、私の隣を歩いている。
奈落という物騒な妖気を追いながらも、花怜が隣にいると、心地良さを感じる。

『酷い瘴気ですね。』
「奈落とあの女…桔梗とかいう女の匂いがする。」

花怜は小さく頷いた。
邪見とりんを阿吽の元へ置いて来たのは賢明だった。
白霊山から数多の妖怪が放たれた今、戦闘能力の低い邪見とりんは危険だ。
しかし、奈落の元へ向かう方が余程危険なのだ。
霧が晴れた先にいたのは、以前とは別の体を完成させた奈落と、奈落に身体を貫かれて地割れの底へと落ちる巫女の姿だった。

『桔梗さま!』

花怜は巫女の元へと向かおうとしたが、地割れと私たちの間に立ちはだかるのは奈落だ。
地割れの底から強い瘴気が立ち込めている。
あの女は助からないだろう。
私は普段通りの物静かな口調で言った。

「たかだか女一匹片付けるのに、念の入った事だな、奈落…。」
「殺生丸か…。」

地割れの底を見下ろしていた奈落は、私たちに振り向いた。
以前は私を敬称で呼んでいた奈落の態度が大きくなっている。
偽の花怜を己の分身として作り出した奈落に対して、私が不快な思いをしたのは忘れていない。

―――誠に美しい女だ。
―――殺生丸さまのものにしておくのは勿体無い。

花怜という癒しの存在を、誰にも取られるつもりはない。

「貴様らまでわしを追って来るとは意外だったな。
そんなにわしに興味があるか。」
『黙れ!』

花怜は俊敏な動きで柄を取り出し、霊気で具現化した弓矢を構えた。
その矢から破魔の気と花怜の怒りを感じる。
りんの命を救ったあの巫女を殺した奈落に、花怜は怒っているのだろう。
奈落は不敵に口角を上げた。

「蒼の巫女、花怜か。
分かるぞ…貴様、人間ではないな?」

花怜は目を細めただけで、何も答えなかった。
奈落は言葉を続けた。

「桔梗亡き今、四魂のかけらを見る目を持つのは、かごめと貴様のみ。
だが、貴様がわしの手中へ落ちるとは到底思わん。」

奈落はあの巫女を貫いた腕をパキパキと鳴らした。
まるで細い木の根が蠢いているような腕だ。

「桔梗の次は貴様だ、花怜。」
『私は殺生丸さまに守られている。
あなたに殺されたりしない。』

花怜の声は努めて冷静だった。
本当なら、すぐにでも矢を放ちたいと思っているだろう。
それをしないのは、奈落に対する殺意を持つ私への配慮だ。
私は闘鬼神を抜いた。

「奈落、貴様は花怜が怖くて仕方がないという訳か。」

あの巫女が亡き今、遠くない未来に完成するであろう四魂の玉を滅する霊力を持つのは、花怜ただ一人。
そして、花怜は今この時にも奈落を滅する力を持ち合わせている。
しかし、私は花怜の手を汚させるつもりはない。

「花怜、下がれ。」

花怜は無表情で弓矢を下ろすと、私よりも後ろに下がった。

「結界から出て来たという事は、少しはマシな力をつけてきたという事か…。」
「試してみるか?」
「ふっ…。」

私は地を蹴り、闘鬼神を振り下ろした。
その剣圧と妖気に当てられた奈落の体は顔面の一部を残して粉々になったが、刻まれた肉片を己の結界内に留めていた。

「殺生丸…貴様の剣の力…そっくりそのまま返してくれるわ。」

結界から跳ね返って来た妖気を、私は闘鬼神で防いだ。
僅かに押し返されたのを踏み止まり、改めて闘鬼神を振り上げ、奈落の残された顔面を斬った。
しかし、奈落は瘴気の渦となり、空へと逃亡しながら言った。

「くくく、無駄だ…。
わしは死なん…。」

小癪な…。
この殺生丸を使って、新しい体とやらの力を試したか…。

花怜は柄を袴に片付けると、地割れの底を見下ろした。
あの巫女が使っていた弓矢が、花怜の足元に折れて転がっている。
その時、気に喰わない匂いの持ち主が現れた。

『犬夜叉さま。』
「花怜と殺生丸…。」
「生きていたか、犬夜叉…。
如何やら奈落は…お前なんぞより、余程あの女を殺したかったようだな。」

犬夜叉はあの巫女が遺した弓矢に気付いた。
地割れの底から溢れる瘴気を見た犬夜叉は、あの巫女が其処に突き落とされたのだと察しただろう。
私は花怜に視線を送った。

「行くぞ、花怜。」
「待ちやがれ、殺生丸!」

犬夜叉に背を向けた私は立ち止まった。

「てめえら…黙って見ていたのか。
桔梗が殺されるのを…。」
『私たちが此処へ来た時には、桔梗さまは奈落に貫かれ、手遅れでした。』

花怜の哀しげな表情は嘘をついていない。
犬夜叉もその台詞を信じただろう。
私たちに怒りの矛先を向ける犬夜叉に、私は淡々と言った。

「貴様とあの女が如何いう関わりか、知りたくもないが…桔梗とやらを殺したのは奈落だ。
そして…それを助けられなかったのは、犬夜叉、お前だ。」
「!」
「私に噛み付く暇があったら、奈落を追う事だな。」

花怜は犬夜叉にゆっくりと背を向けると、私の隣に歩いて来た。
後悔に苛まれる犬夜叉を残し、私たちはその場を静かに立ち去った。



2018.10.22




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