天下覇道の剣:激怒

『殺生丸さま!』

人間の小娘の治療を終えた花怜が、私の後を追って来た。
私は立ち止まり、黙ったまま振り向いた。
濃霧の中でも、花怜の端整な顔立ちは映えていた。
花怜は怒りを含んだ声で言った。

『私たちを置いていくおつもりですか。』
「霊気を消耗するなと言った筈だ。」
『答えてください!』

邪見とりんが花怜の後を追い、走って来た。
気絶から意識を取り戻したばかりの邪見は、若干ふらついている。
二人は息切れしていた。

『連れて行ってください。』
「これは私の問題だ。」
『私たちはお邪魔ですか?』

邪魔な筈がない。
私はお前の存在を欲している。
しかし、今回ばかりは父上の剣が絡んでいる。
更に、花怜には呪術の影響が強く残っている。
巻き込む事は出来ない。

「連れて行くつもりはない。」

花怜は震える手で拳を握った。
その目に涙が浮かんでいるのを見ると、私の心は罪悪感に蝕まれた。

『私は強いつもりはありませんが、弱いつもりもありません。
ですから、もっと頼ってください。』
「…。」
『一人で抱え込まないでください…。』

これ以上聞けば、決意が揺らぎそうだ。
私は花怜に背を向けた。
邪見とりんが私の名を叫んだ。

「殺生丸さま、お待ちください!」
「行かないでっ、殺生丸さま!」

その声を振り切り、私は歩き出した。
花怜の震える声がした。

『私などでは…あなたの力になれませんか?』

花怜の霊気が揺らめいているのを感じた。
強い怒りと哀しみが伝わって来る。

『離れるなと…傍にいろと言った癖に…。』

尋常ではない量の霊気が揺らめき、私は流石に立ち止まった。
次の瞬間に爆発音がしたかと思うと、近くにあった巨大な岩が粉々に砕かれていた。
目を見開いた私が振り向いてみると、花怜がその方角に拳を向けていた。
衝撃波だけで岩を破壊したのだ。
邪見とりんが声を失って押し黙り、邪見に限っては目を見張って震えている。

『殺生丸さまの馬鹿…分からず屋…。』

聞いた事のない冷たい声だった。
花怜から怒気の篭った強烈な霊気が放たれ、私の髪と装束を揺らした。

『嘘つき…!』

霊気の消耗が激しいのを見て、このままでは収拾のつかない事態に陥ると思った。
私が花怜に向かって駆け出そうとした寸前に、爆発的な霊気の風がほとばしった。
それは濃霧さえも吹き飛ばし、貧弱な妖怪なら浄化される威力だった。
その剣幕に圧倒され、邪見とりんは何も出来ずにいた。
敵に回したくないと常々思っていた花怜の激昂に、私は言葉を失った。
花怜は私を涙目で睨み、とどめの一言を叫んだ。

『大嫌いです!!』

花怜は踵を返し、元来た方角へと走り去った。
霊気の風が収まり、動けるようになったりんが花怜を追った。

「花怜さまっ、待って!」

私は少しだけ立ち尽くしていたが、邪見に背を向けて歩き出した。
邪見は二つの方向に分かれた私と花怜に狼狽していたが、結果的に花怜を追った。

これで良かったのだ。
叢雲牙は父上が所持していた邪な剣。
数日前に呪術を受けたばかりの花怜を、巻き込む訳にはいかない。
しかし、花怜に走り去られた虚無感が棄て切れない。

「大嫌い…か。」

それでも私は、お前を愛している。



2019.5.28




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