白霊山編:心配-2

森の中を二人で黙ったまま歩いていると、殺生丸さまが立ち止まった。
繋いでいた手が離れたかと思うと、優しく抱き締められた。
ふわふわの毛皮が温かくて、心が休まる。
背の高い殺生丸さまにぎゅっと抱き着き、温もりを確認するかのように目を閉じた。

「今宵は…お前に触れていたい。」
『私も。』

普段から、夜は二人で寄り添って過ごしているのに、今夜は特別のように感じた。
随分と長く離れていたような気がする。

「上手く妖気を封じているようだが、反転させぬのか。」
『実は封じてしまう方が、逆に回復が遅くなるんです。』
「そうか。」

治療に霊気を消耗した私は、それを回復する為に表に出している。
妖気で霊気を封じてしまうのは簡単だけれど、封じてしまえば逆に回復が遅くなるのだ。
表に出していれば、回復の度合いも常に確認出来る。
もし戦闘になれば面倒だけれど、殺生丸さまがいるから安心していられる。

「白霊山の麓で再会した時、よく妖気を封じ込めていられたな。」
『もし二つの気が喧嘩していたら、妖気を制御出来ずに白霊山の結界に浄化されていたかもしれませんね。』
「その時は…如何なる?」
『うーん…。』

如何なるのだろうか。
もし仮に妖気が全て浄化されたとすれば、霊気だけが残る。
けれど、私は妖怪だ。
妖気のない妖怪なんて、この世にいるのだろうか。
もしかして、人間と化してしまうのだろうか。
最悪の場合、死に至るかもしれない。

「すまん…もう考えるな。」
『そうします。』

考えたくなかったのを見抜かれた。
私は苦笑しながら、殺生丸さまの肩に頬を寄せた。
すりすりと頬擦りすると、殺生丸さまが肩を撫でてくれた。

『殺生丸さま。』
「何だ。」
『何でもありません。』
「如何した?」
『声が聞きたくて。
傍にいるのを、もっと実感したくて…。』

殺生丸さまは私を抱き締める腕を解き、私の頬に触れた。
そっと顔を上げた私に、物静かな声で言った。

「何度も言うようだが、傍にいない方が迷惑だ。」
『はい。』
「奈落は四魂のかけらを見る目を持つお前を、今まで以上に狙うだろう。」
『殺生丸さまが守ってくださいますから、平気です。』

殺生丸さまの顔を見つめながら、その頬に手を添えた。
あなたような高貴なお方の傍にいられる私は、幸せ者だ。

『殺生丸さまと出逢う前は、独りに慣れていました。』

行く宛もなくふらふらと旅をしていた頃は、独りに慣れていた。
独りが当然だと思っていた。

『何時から…あなたがいないと生きていけないと思うようになったんでしょうね。』

殺生丸さまが目を見開いたかと思うと、私の唇を素早く塞いだ。
驚いたけれど、触れて貰えるのはやっぱり嬉しい。
角度を変えて何度も口付け合っていると、殺生丸さまの手が私の白衣の襟元に触れた。
私は慌ててその手を掴み、殺生丸さまと吐息を交えながら言った。

『駄目です。』
「何故だ。」
『白霊山の結界でお身体に負担がかかったでしょう?』
「問題ない。」
『問題ありますよ。
今夜は我慢してください。』

殺生丸さまの手の力が強くて、押し返せない。
私に身体ごと迫って来て、私の背中に木の幹が当たった。
逃げられなくなると、私は冷や汗をかいた。

『えっと、ほら、私も霊気を消耗したんですから。』
「思い出したように言うんだな。
しかし…そうだな。」

諦めてくれたかと思ったら、殺生丸さまは私の首筋に緩く吸い付いた。
その熱い吐息を耳元に感じて、声が漏れそうになった。

『…っ!』
「手短にする。」
『待って…!』
「それに優しくする。」
『何時も優しいじゃないですか…。』

酷く抱かれた事など一度もない。
情交の最中に不快に思った事さえ微塵もない。

「優しいと思うのか。」
『そうですよ?』
「…そうか。」

ほっとしたように短く吐息をついた殺生丸さまは、私の首筋や耳元に何度も唇を落とした。
私の白衣の中に手を滑り込ませると、肩までするりと下げた。
露出した肩にも唇が這うと、身体が期待に震えた。

「本当に身体がきついのか。」
『えっと、はい。』
「……。」
『ごめんなさい…嘘です。』

夕方にりんと駆けっこをしたくらい元気だったりする。
その様子を殺生丸さまにばっちり見られていた。

『私は殺生丸さまが心配で…。』
「何かあったとしても、お前の治癒能力がある。」
『…今夜はちょっと強引ですね。』

それでも私を間近で見つめながら待ってくれているのは、殺生丸さまの優しさだ。
完敗した私は、殺生丸さまの首元に両腕を回した。

『負けました。』
「ふっ、それでいい。」
『ですが手短に…あ…っ!』

殺生丸さまの舌が首筋を辿り、その手は私の白衣をあっという間にはだけさせた。
その夜はやっぱり優しく抱いてくれたけれど、結局朝まで刺激的に求められたのだった。



2018.10.30




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