乱れる心 前編-4

村の近くに滝があるのを覚えていた私は、其処へ足を運んだ。
草履も脱がずに滝に打たれた。
巫女装束に染み込んだ返り血を洗い流す為に。
体内で喧嘩をする二つの気を鎮める為に。

私は殺生丸さまから逃げてしまった。
一心不乱に殴り続ける私を止めてくれたのに。
身体中の血を全て洗い流した私は、覚束ない足取りで浅瀬から上がった。
髪や巫女装束から水が滴り落ちるのを眺めながら、心が乱れる。
相反する霊気と妖気が体内で反発し合い、お互いを殺し合っている。
体力と精神力が蝕まれてゆく。
二つの気が急速に消えてゆく。
息苦しくて、白衣の襟元を強く掴んだ。

―――もし仮に、妖気と霊気の双方が体内で殺し合ったら如何なるのでしょうか。
―――私も一族のような末路を辿るのでしょうか。

このまま、死にゆくのだろうか。
誰にも看取られず、たった独りで。

愛する人の顔が脳裏に浮かんだ。
本当にこのまま死んでもいいのだろうか。
諦めようと思った矢先に、愛しい声が思い出された。

―――お前を愛している。

まだ消えたくない。
殺生丸さまに逢いたい。
ずっと、傍にいたい――

「花怜!」
『…!』

殺生丸さまの声だ。
背後の声に振り向くと同時に、身体が不安定に傾いた。
殺生丸さまは濡れている私の身体を力強い腕で支えた。

『殺生丸さま…。』

心が乱れる私を、殺生丸さまが解し始めた。

「私が傍にいる。」
『…傍、に?』

片膝をついた殺生丸さまは、私の身体を引き寄せた。
殺生丸さまの温もりとふわふわの毛皮に、張り詰めていた心が溶かされてゆく。
殺生丸さまの妖気を傍に感じながら、暴走する霊気を奥底に封じた。

「落ち着いたか。」
『…はい。』

まだ身体が上手く言う事を聞かない。
殺生丸さまは目を閉じ、安堵したように吐息をついた。

「……失うかと思った。」

殺生丸さまが来てくれなかったら、一人虚しく死んでいたかもしれない。
今頃になって、身体の冷えを感じた。
私が少しだけ震えると、殺生丸さまは腕の力を込めた。

『来てくださったんですね…。』

ありがとうございます、殺生丸さま。
私はそっと微笑んでから、意識を失った。



2018.8.17




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