焼き餅

昨日から、殺生丸さまとお付き合いを始めました。

快晴の空の下、殺生丸さま一行は川沿いの砂利道を進んでいた。
殺生丸さまと私は自然と隣同士で歩いている。
浅瀬の流れを伺うと、何かが小さな群れで泳いでいた。

『あ、魚。』
「りん獲って来る!」
「こりゃ待たんか!」

りんは邪見さまの制止も聞かずに走り出した。
浅瀬とはいえ、りんが流されないように見守らなければ。
私は近くに落ちていた手頃な岩を持ち上げ、浅瀬の水と砂利道の境界線辺りに置いた。
荷物から小刀を取り出し、其処に妖気を流し込んで岩を真っ二つに斬った。
邪見さまは口を半開きにしながら言った。

「まだ見慣れん…。」
『私の妖気ですか?』

小刀を鞘に収めた私は、平たくなった岩の表面を川の水で濯いだ。
りんがバシャバシャと音を立てて、魚を捕獲した。

「獲った!」
『流石だね。』

りんが掴んで持って来た魚を受け取り、岩の表面で手早く開いた。
今日は干物にするつもりだ。
りんは再び川に入ると、更に三匹捕獲した。
私が魚を開いている隣に腰を下ろし、私の手元を興味津々で見つめた。
すると、傍にいた殺生丸さまが空を見上げながら言った。

「雨の匂いだ。」

私も空を見上げると、雨雲が近かった。
此処に長居は出来そうにない。
私は竹編みの平たい籠に魚を開いた状態で載せると、落とさないように立ち上がった。

『お待たせしました。』

雨宿りする場所を探さなければ。
早速、邪見さまが洞窟を探しに駆り出された。
りんは阿吽の背中に跨りながら、お腹を撫でた。

「お腹空いたあ。」
『焼き餅があるよ。』

私が籠を片手に荷物を肩から下ろそうとすると、殺生丸さまが籠を持ってくれた。
間近で見下ろされ、胸が高鳴った。

『…ありがとうございます。』
「構わん。」

私は竹の葉で包んだ焼き餅を取り出し、りんに差し出した。
これは村で頂いた米を捏ねて作ったものだ。
大きさは掌くらいで、平たい。

「ありがとう!
花怜さまのお包みには何でも入ってるね!」

何でも入っているというより、何でも突っ込んでいるだけだ。
りんと旅をする前は、食糧を余り持ち歩かなかったけれど、今は可能な限りの保存食を詰め込んでいる。
私も焼き餅を一つ頬張りながら、殺生丸さまの隣を歩いた。

「美味いのか。」
『意外と美味しいですよ。
人間の食べ物も馬鹿には出来ません。』

もしかして、興味があるのだろうか。
殺生丸さまが人間の食べ物を口にしているのを見た事がない。
もぐもぐしているのを是非見てみたい。

『おひとつ、如何ですか?』
「……。」

私は殺生丸さまが持ってくれていた籠を受け取り、代わりに焼き餅を一つ渡した。
少し強引に渡したけれど、殺生丸さまは受け取ってくれた。
そして、物静かに口に運んでくれた。

『……。』
「……。」

私はつい頬が緩んでしまった。
あの殺生丸さまがもぐもぐしている。

「何がおかしい?」
『おかしくなんかありません、素敵です。』

殺生丸さまは眉を潜めた。
私が何を話しているのか、分からなかったのだろう。
頬の緩みが止まらない私は、焼き餅を口元にずいっと差し出された。
驚いた私はそれを無意識にぱくりと食べ、大人しく頬張った。

『……。』
「ふっ…。」

殺生丸さまに笑われた。
私は顔が熱くなり、恥ずかしくて堪らなくなった。

また一つ、殺生丸さまを知った気がした。
雨雲が近付いていて、私たちは少しばかり急いだ。



2018.5.29



←|

page 1/1

[ backtop ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -