とある満月の晩。
殺生丸さまと私は寄り添い合いながら、木の根元に凭れていた。
殺生丸さまの毛皮に包まれながら、私は目を閉じている。
肩を抱き寄せてくれる腕が優しい。
相変わらず、殺生丸さまは私を心穏やかにしてくれる。
りんと邪見さまの二人は阿吽と一緒に焚き火の傍にいて、私たちの目の届く場所にいる。

「明日から人里へ行くのか。」
『そのつもりです。』
「行くな…と言ったら?」
『一日だけですよ。
お餅を貰って帰って来ます。』

私は殺生丸さまの毛皮をぎゅっと抱き締めた。
相変わらず人里へ向かう使命感の残る私を、殺生丸さまは引き留めてくれる。

『殺生丸さまのお傍にいたいです。
ですが、人間には借りがあります。
それに――』
「何だ。」

私は黙り込んだ。
殺生丸さまは根気強く私の台詞を待っている。
私は渋りながらも、口を開いた。

『恋人として殺生丸さまのお傍にいるのが私でいいのか…まだ自信が…。』

自分で言っておきながら、虚しくなった。
呼吸が苦しくなりそうな錯覚がした。

「花怜、印を結べ。」
『え?』
「結界を張れと言っている。」

意味が理解出来ずにいると、殺生丸さまに強引に押し倒された。
覆い被さられて、殺生丸さましか見えなくなる。
この状況に頭が追いつかない私は、目を見開いた。
殺生丸さまが鋭い眼差しで私を見つめている。

「私を見くびるな。」
『殺生丸さま…。』
「お前を愛している。」
『…!』

愛しい≠ニ言われた事はあった。
けれど愛している≠ニ言われたのは初めてで、心苦しい程に嬉しかった。
息つく間もなく、唇を塞がれた。

『ん…っ!』

結界を張るように言われた意味が、やっと理解出来た。
殺生丸さまの背に回した片手で素早く印を結び、半円形の結界を張り巡らせた。
情熱的な口付けに必死に応えていると、息が上がる。
私が熱い吐息を零した時、殺生丸さまは私の頬を撫でながら言った。

「今から抱くと言えば…如何答える?」
『…っ!?』

あまりにも突然で、身体が硬直した。
私は生娘だ。
つまり純潔を守っていて、経験が一切ない。
その私が殺生丸さまに抱かれる――?
私の不安な胸の内を見抜いたのか、殺生丸さまは私の上から退いた。

「冗談だ。」
『え…。』

殺生丸さまは右腕で私の上体を起こし、元通りに座らせてくれた。
私はふわふわの毛皮に触れながら、殺生丸さまを見つめた。

「もう少しだけ待ってやる。」

その不敵な笑みが、私を掴んで離さない。



2018.6.16




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