帰還

「……。」

ドレッサーの椅子の背凭れに身体を預けて微睡んでいたシルバーは、重たい瞼を無理矢理こじ開けた。
小夜の手持ちである三匹はしっかり目を開け、主人の帰りを待ち望んでいる。
シルバーが腕時計を見ると、深夜二時を示していた。
自分の手持ちであるワニノコと二ドラン♂は、ふわふわのカーペットの上で気持ち良さそうに眠っている。

“テレポートで戻ってきてくれるかな…。”

エーフィの呟きに、ボーマンダはしっかりと頷いた。
もしバショウのネンドールがロケット団の元へテレポートしたとすれば、バショウは小夜を裏切った事になる。

“バショウは結局敵だったのかもしれない。”

怒りの険相でエーフィはそう言うが、ボーマンダは冷静に説得するかのように言った。

“それは如何かな、俺にはバショウが味方にしか思えないよ。”

バショウと顔を合わせた事のないヒノアラシは、二匹に尋ねた。

“バショウってどんな人?”

エーフィはうーんと唸ってから答えた。
彼の顔や言動を思い出してみる。

“敵か味方か分からないような人。”

タツベイの時に初めてバショウを見たボーマンダは、あの時は確かにバショウを敵だと思った。
だが小夜の話を聴いていると、小夜想いで自己犠牲的な人物である印象を受ける。
エーフィもそれはよく理解していたが、ロケット団によって誘拐されて殺されかけたエーフィからすれば、バショウは許せない存在であった。
たとえ小夜がバショウを大切に想っていたとしても、バショウのプラスな面を認められずにいた。
一方、シルバーは三匹が会話しているのを見ていた。
もしポケモンと会話出来たら、世界は如何変わるのだろうか。
ポケモンと会話する小夜の姿を思い出す。
美しいとはこういう事だと身に沁みて実感した程に、小夜は美少女だ。
それがあの強烈な殺気を振り撒き、更には脅迫して旅についてくると言い、終いには行方不明だ。
つくづく腹が立つが、憎めない部分がある。
心配までしている自分が否めない。
小夜と出逢ってこんな短期間で、自分にも分かる変化があるとは。

突然エーフィの耳がぴくりと動き、期待の表情で顔を上げた。
その瞬間、待ち焦がれた姿が空中に現れた。
四時間振りに此処へ戻ってきた主人は、同時に現れたネンドールの隣で羽のように着地した。

『皆ただい――きゃあ!』

着地したかと思えば手持ちの三匹に体当たりのように抱き着かれ、小夜は転倒した。
シルバーは眠気も吹き飛んで耳まで赤面したかと思うと、目を点にして小夜の格好を見つめた。
ボーマンダは小夜にのしかかって頬に顔を擦り寄せた。
更にエーフィは腕に、ヒノアラシは足にしがみ付いていた。

『ふふふ、皆苦しいって!』

“このお馬鹿!”

エーフィはそう怒鳴ったが、目には涙を浮かべていた。
戻ってきて本当に良かった。
ワニノコと二ドラン♂はこの騒ぎに目を覚まし、じゃれ合う小夜と三匹を羨ましそうに見つめていた。

「俺は外で待ってる!

さっさと着替えやがれ!」

シルバーは部屋に手持ちの二匹を残したまま、扉を荒々しく閉めて出ていった。
三匹に解放された小夜は、ゆっくりと起き上がった。

『怒らせちゃったかな。』

“顔真っ赤だったね。”

ボーマンダはそう言って笑った。
小夜はネンドールと向き合うと、頭を撫でてやった。

『ありがとう。

バショウを宜しくね。』

ネンドールは相変わらず無口なまま軽く頷いたかと思うと、テレポートで静かに消えた。
今後もネンドールには世話になりそうだ。

『すぐに準備するね。』

小夜はリュックから着替えを取り出し、洗面所へ向かって扉を閉めた。

“何処へ行ってたのかな。”

そう疑問を零すヒノアラシに、ボーマンダが答えた。

“あの様子だとバショウの処だろうね。”

こんなに長い時間、何をしていたんだろうか。
だが直後にシャワーの音が聞こえ始め、それを聴いたエーフィは血相を変えて洗面所に乱入した。
ボーマンダとヒノアラシは余りにも素早いエーフィの行動に目を点にした。
朝浴びたばかりのシャワーを今再度浴びるという事はまさか…。
エーフィは丁寧に扉まで閉め、雄のボーマンダとヒノアラシに中が見えないようにすると、風呂場の扉を念力で豪快に開いた。

『エーフィ?』

何も身に纏っていない小夜は驚きもせずに背の低いエーフィを見た。
濡れないように髪を高く結い上げている小夜の胸元には、赤い跡がある。
エーフィは失神しそうになった。

“小夜……その赤い跡は何?”

エーフィが思い切って尋ねると、小夜は自分の胸元へと視線を送った。

『えっ?

……何これ?』

エーフィと一緒に風呂に入った時にはなかった跡だ。
小夜は不思議そうに首を捻った。

『ぶつけたのかな?』

エーフィは顔を横に振り、説明した。

“それはキスマークって言うんだよ!”

キスマーク≠ニいう単語を耳にした事のない小夜は、先程のバショウと過ごした時間を思い出した。

『あ…。』

心当たりがある様子の小夜に、エーフィは顔を青くした。

“もしかして……最後までしたの?”

渋々尋ねるエーフィに、小夜は再び首を傾げた。
確か、バショウも最後が何やらと言っていた。

『ねぇ、最後って何?

何が最初?』

“!”

意味を理解していないという事は、そういう事情には至っていなさそうだ。
少しほっとしたエーフィだが、石鹸を泡立てて身体を洗う小夜にぶつぶつ言った。

“もう分かったよ、四時間もラブラブしてたんだね。”

『いや、えっと…。』

ほんのり頬を染める小夜。
あれだけ小夜を心配した四時間を返して欲しいエーフィであった。
まさか主人は自分たちを差し置いて、バショウといちゃいちゃしていたとは。
怒りを通り越して呆れてしまう。
ボーマンダとヒノアラシなら祝福するかもしれないが、バショウが如何しても好きになれないエーフィは複雑な思いだった。

シルバーを待たせてしまっている小夜は風呂場から出ると、てきぱきと着替え始めた。
六年間一緒にお風呂に入っているエーフィからすれば、何て事ない光景だ。
小夜はアウターから赤い跡が見えない事を確認してから結い上げていた髪を下ろし、洗面所の扉を開けた。

『三匹共、聴いて。』

小夜はしゃがみ込み、手持ちの三匹に手招きした。
三匹は主人に顔を寄せ、ひそひそ話の体勢に入った。
シルバーの手持ちであるワニノコと二ドラン♂は、その様子を遠巻きから不思議そうに見つめた。
その二匹に聴こえないように、小夜は掠れ声で言った。

『シルバーはロケット団代表取締役のサカキとかいう人間の息子だったの。

でも今は絶縁状態で連絡は取ってないみたい。

これからシルバーの口を割らせる為に皆動いて欲しいの、お願いね。』

耳を澄ませても聴こえにくいその声に、三匹は頷いた。
小夜は立ち上がってリュックを背負うと、三匹をモンスターボールの中へ戻した。

『二匹共、行こうか。』

ワニノコと二ドラン♂は声を掛けて貰った事が嬉しくて、笑顔で威勢良く返事をした。
この人がいれば、乱暴な主人も少しは考えを改めてくれるかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、今頃苛立って爆発しそうであろうシルバーの元へと向かった。




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