もう一人の博士

あれから六年の月日が過ぎ、季節は春。
眩しい太陽が照り付ける中、オーキド研究所の広大な庭で、一人の美しい少女が空を見上げていた。
腰まである長髪と、水晶のように透き通った瞳は紫色をしていた。

『ボーマンダ!』

信頼する主人に名を呼ばれたポケモンは、素早く反応した。
赤く大きな翼を羽ばたかせながら円を描いて旋回すると、ボーマンダは声の主の元へと華麗に飛行した。
高さ二m以上ある身体を庭の芝生に着地させると、少女の身体に頭を擦り寄せた。

『よしよし。』

頭を撫でられて満足したボーマンダは、自信満々で踏ん反り返った。
その長い首には黒い頑丈なベルトが装着してあり、其処にはビデオカメラが通してあった。
少女はすぐにその金具を解き、ベルトを外してやった。

『ありがとう。』

ボーマンダに礼を言うと、背後から親しみ馴れたエスパータイプのポケモンが必死で何かを訴える声が聴こえた。

『え、また?』

少女はボーマンダの長い首を擦ると、肩に掛けていた斜め掛けのショルダーバッグから木の実を取り出し、空高く放り投げた。
ボーマンダは目を輝かせながら空へと舞い上がってその木の実を追い、空中で見事にキャッチしてもぐもぐと頬張った。
エーフィの後を追って研究所の中へ戻る少女を見送ると、再び青い空へと飛び立っていった。

『オーキド博士!』

「おお、小夜か。」

本や論文でごった返している研究室で、オーキド博士と呼ばれた男性は大きなテレビ画面の前に座っていた。
その顔はやけに青かった。
撮影したビデオがリアルタイムで映る中型のテレビ画面は、現在一時停止されていた。

『エーフィからまた博士が酔ったと聴いたので、心配で。』

「大丈夫じゃ。

相変わらずボーマンダが撮る映像には馴れん。」

小夜と呼ばれた少女は、机上に無造作に置かれていた試験管立てを端に寄せた。
空いた其処にビデオカメラを置くと、オーキド博士の背中を擦った。
小夜が研究室の窓から外を見ると、先程のボーマンダが空を斬って心地良さそうに旋回している姿が目に入った。

『撮影中はあの旋回をなるべくしないように言ってみましょうか。』

「出来ればそうして貰えると助かる。」

『分かりました。』

ボーマンダは六年前のあのタツベイだった。
タツベイはすぐにコモルーへと進化し、ボーマンダへ進化するのも時間はかからなかった。
技の高威力は今も健在である。
小夜がふと時計を見ると、それは十二時半を示していた。

『私、ポケモンたちに昼食をあげてきます。』

「頼むぞ。」

小夜は扉付近を邪魔している本を横へ寄せると、研究室から出ていった。
エーフィはこの後の食事に胸を躍らせながら、小夜の後を追った。
すると食事を与えに向かった筈の小夜が、すぐに扉からひょこっと顔を出した。

『博士。』

「何かな?」

『たまには掃除して下さいよ。』

「分かっておるよ。」

小夜は綺麗に微笑むと、去っていった。
オーキド博士はほんのり頬を染めたが、気を取り直す為に喉を鳴らした。
画面のビデオを巻き戻して再び再生し、庭を住処にするポケモンに異常がないかをチェックし始めた。
ボーマンダは庭のポケモンを監視する役割を請け負っている。
飛行能力を利用してビデオカメラによる撮影をつい数日前から始めた。
だがそれを鑑賞する度に、オーキド博士はボーマンダの旋回っぷりに酔うのであった。



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