変化-4
結局一時間以上風呂に入っていた小夜とエーフィは、のぼせて暑い暑いと連呼していた。
小夜が以前と同様のタンクトップ姿で洗面所の扉を開けようとするのをエーフィは全力で阻止し、上からTシャツを無理矢理着せたのだった。
ショートパンツとふわふわのニーハイは相変わらずで、シルバーはそれを見た瞬間に顔の血色が良くなると、小夜へ罵声を浴びせてから洗面所へ入っていった。
風呂場に入ってみると恐ろしく湯船が減っており、相当暴れた様子が窺える。
「騒がしい奴らだぜ。」
肩まである赤髪を洗っていると、風呂場の扉が突然ノックされてシルバーの心臓が飛び跳ねた。
『ねぇ、シルバー?』
「なっ!!」
扉がゆっくり開かれ、シルバーは覗かれるのかと危機を感じたが、そうではないとすぐに分かった。
扉は一定の処まで開くと、其処から顔を出したのはシルバーの手持ちポケモン三匹だった。
当然の事だが、小夜は見ないように気を遣って顔を出していない。
『一緒に入ってあげて。』
「何を勝手に!」
『扉全開にしていい?』
「そ、それは待て!
分かったから!」
『ほら、入っておいで。』
小夜は躊躇う三匹の背を押して風呂場へ入れると、扉を閉めた。
「くそ、何なんだよ。
調子狂うぜ。」
シルバーは頭が泡だらけのままで、ポケモンセンターに普段から置いてあるポケモン用ボディーソープをアリゲイツに渡した。
「ほらよ。」
アリゲイツはそれを躊躇いがちに受け取り、ボトルをプッシュして液体石鹸を出すと器用に泡立て始めた。
「…。」
ポケモンと共に入浴するのはシルバーにとって生まれて初めての経験だった。
よく裸の付き合いだと言うが、確かに共に入浴するというのは勇気がいるものだ。
シルバーは生まれてからずっとポケモンを道具だと思ってきた。
だが小夜を見てそれは違うと思えるようになった事は、自分の中の変化だと思っている。
だがまだ優しくするのはやはり抵抗がある。
アリゲイツはゴルバットとニドリーノと自分の身体を洗い終わり、シャワーを使っているシルバーをおずおずと見上げた。
シルバーはシャンプーを丁度流し終わり、自分を見つめてくるアリゲイツの視線に気付いた。
泡だらけの三匹は皆シルバーを見つめている。
「シャワーか?」
アリゲイツはゆっくり頷いた。
シルバーは壁に装着されていたホースを取ると、アリゲイツに向けてやった。
「ほらよ。
さっさと流せ。」
一瞬ぽかんとしたアリゲイツだがすぐに我に返って身体を流し、ニドリーノとゴルバットに場所を替わった。
それを密かに聞き耳していた小夜はエーフィと顔を合わせて微笑んだのだった。
聞き耳を終了した小夜はバクフーンの身体をあつあつの蒸しタオルで拭きながら、ミュウツーの声とあの時見た光景をボーマンダとバクフーンにも話した。
『ごめん、迷惑掛けちゃったね。』
“次は俺も止めるから心配しないで。”
バクフーンが威勢よくそう言った。
だがエーフィがそれに即座に突っ込む。
“心配しないでじゃないよ!
小夜の能力が暴走したら止めれないんだから!”
一方のボーマンダは冷静に疑問を溢した。
“如何したら暴走がなくなるだろう?”
『分からない。』
何かを訴えるようなミュウツーの声。
バショウが言うように、小夜とミュウツーに共通点が多いからこそ、小夜にだけ聴こえる声なのだろう。
『今日シルバーから話を訊き出してみるよ。』
シルバーにも迷惑を掛けてしまった。
出来るだけ早くシルバーから情報を貰い、記憶を削除を実行した方がいい。
“修行だと言ってアリゲイツたちを外へ誘い出そうか?”
バクフーンがそう提案した。
現在外は真っ暗で月が昇っているような時間帯。
だが夜は小夜が外で行動出来る唯一の時間帯だ。
明日からは此処を出発する為に深夜は起きていないといけないし、今日からその時間帯での行動に馴れておくのも悪くない。
修行ならアリゲイツたちも喜んでついてくるだろう。
『そうして貰えるとありがたいな。』
小夜はバクフーンの身体を拭き終わり、次はバクフーン程の熱さではないタオルでボーマンダを拭き始めた。
ボーマンダは小夜の肩に顎を置き、ご円満の様子だ。
エーフィは了解したと頷いたが、二人の事が少し心配だった。
シルバー自身は認めてはいないが、あの様子を見ていると小夜に気があるのは確かだ。
二人きりになって、がばっとなってああなってこうなったら…。
エーフィは嫌な想像をしてしまい、また猛烈に爪研ぎがしたくなった。
男の心を無意識に奪ってしまう小夜には困ったものだ。
小夜が扉越しに洗面所へと視線を送り、エーフィはそれが何を意味しているのかを悟った。
『よし、皆お願いね。』
小夜がそう呟いた瞬間、風呂場の扉が開く音がした。
2013.2.7
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