再会-4
これ程まで取り乱すのは何時以来だろうか。
今までどんなに過酷な任務を与えられようと、淡々とやり過ごしてきた。
危機に直面しようとも、声を荒げたりなどしなかった。
バショウは深く息を吐くと、普段の冷静な声色に戻した。
「遠隔でも記憶削除は可能な筈です。
戦闘は必須ではありません。
私を騙そうと考えるのはまだ早いですよ。」
小夜は四年間暮らしていたあの研究所を脱走する際にも、記憶削除を実行している。
その時、小夜の青く光る瞳を直接見ていない研究員の記憶まで完璧に削除してあった。
つまり、記憶削除と距離に関連性はない。
『……。』
バショウの言っている事は正しかった。
ロケット団を潰す機会と理由をがむしゃらに作ろうとした小夜だが、バショウに容易く見抜かれてしまった。
ハッキングさえ成功すれば、小夜に関する電子データは全て削除され、後は遠隔で記憶削除を遂行するのみ。
ロケット団が小夜の情報を極秘にする余り何処かへ隠蔽し、紙という媒体にしていない事を逆手に取るのだ。
そうすれば小夜が狙われる事はなくなり、ロケット団から解放される。
わざわざ危険に踏み込む必要はないのだ。
「其処までしてロケット団を潰したいのですか?」
『当然でしょう。』
「何故ですか?」
『憎いから。』
バショウは再度目を細めた。
抱き締めたまま話している為、小夜が今如何いった表情をしているのかバショウには窺えなかった。
『私、六年前に一度死にかけた時に思ったの。
私は人間でもなくポケモンでもなく、誰かに望まれて生まれた訳でもなかった。
ただの実験体として道具として、他に生まれてきた意味なんてなかった。
だから逝ってもいい…って。』
「何を言い出すかと思えば…。」
『私は私を造り出したあいつらが憎い!!』
小夜は突然怒鳴ると、バショウの肩を無理矢理掴んで身体から離した。
バショウの目を睨むようにして見つめるその瞳は、憎悪に満ちていた。
ロケット団の身勝手な意思が此処まで小夜を苦しめているのだと目の当たりにしたバショウは、何時もの無表情ではいられなかった。
肩を掴んでくる小夜の手の力は強い。
「……何を言おうと、潰しに行く事は認めません。」
『嫌。』
「全力で止めます。」
『如何やって?』
「……。」
バショウは押し黙った。
人間である自分の力では小夜を止める事など到底不可能だ。
小夜はふっと笑った。
『もし止めるのなら、バショウから私の記憶を消す。』
「?!」
バショウの目が見開かれたが、すぐに小夜を睨んだ。
バショウは明らかに動揺しており、ぎゅっと眉を寄せた。
「……貴女はそれでいいのですか?」
『馬鹿、いい筈ないよ。』
「……。」
二人は無言のまま暫く見つめ合った。
小夜に関する記憶を削除されるなど、バショウは考えた事もなかった。
小夜の瞳は自分の意志を曲げない事を物語っている。
先に折れたバショウは盛大に溜息をついた。
「分かりました。
止めはしませんが、ハッキング作業は続けさせて下さい。」
『うん。』
「もしハッキングに成功したら、記憶削除のみを行って下さい。
それでいいですね?」
『…。』
「いいですね?」
『…分かった。』
小夜は渋々了承した。
ハッキング作業にはまだ時間が掛かる。
小夜がミュウツーと手を組むのが先か、バショウのハッキングが先か。
ロケット団を壊滅させる事は小夜が以前から考えていた事だった。
奴らが存在している限り、ポケモンが平和に暮らせる世界には程遠いままだ。
ミュウツーと手を組めるか如何かは分からないが、それも実践してみなければ分からない。
「本当に貴女には驚かされてばかりです。」
『……ごめんなさい。』
「謝らないで下さい。」
小夜はバショウの肩を掴んでいた手を下ろし、反省するかのように俯いた。
だが小夜が素直に気持ちをぶつけてくれたのは、バショウにとって嬉しい事だった。
バショウは小夜の肩にそっと手を置いた。
「私も今から貴女を驚かせてしまうかもしれません。」
『え?』
小夜は素早く顔を上げた。
一体何を言われるのかと不安な表情を浮かべる小夜に、バショウは優しく微笑んだ。
六年前とは比較出来ない程に美しくなった小夜を、慈しむような目で見つめる。
「私は…」
『う、うん。』
「ロリコンかもしれません。」
『は?』
バショウはぽかんとする小夜の頬を両手で包み、その小さな唇を自分のそれでそっと塞いだ。
2013.1.25
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