今はまだ-2
『次は貴方の番よ、話して。』
「その前に、もう一つ訊こう。」
ワンクッション置いたシルバーに、焦らさないで早く教えて欲しいと小夜は歯痒くなる。
ロケット団のボスの息子となれば、有力な情報を持っている可能性が高い。
もしかしたらこの状況を突破する情報が潜在しているのかもしれないのだ。
「お前は俺から情報を訊き出したら、お前に関する記憶を俺から全て消すのか?」
シルバーからの意外な問いに小夜は瞳を瞬かせた。
二人は隣同士での近距離で視線を絡め合う。
シルバーが睨む事なしに此処まで小夜を見つめたのは今までなかったかもしれない。
だがよく考えると小夜は五日間意識がなかった為、シルバーと共に生活した時間は実質的に考えてそう長くはない。
小夜はそっと口を開いた。
『……そうね、そうなる。』
外見が人間、中身がポケモンの生命体が存在するという記憶さえも削除してしまい、小夜はシルバーの元から去ろうと思っていた。
「記憶を削除しないって言うのなら、俺の持つ情報を全て教えてやる。」
『ちょっと待って。
話が違う。』
「気が変わった。」
『私の記憶なんて消えても支障はないでしょう?』
「お前の記憶なんて……だと?」
目の色が変わったシルバーは小夜の肩を乱暴に掴み、ベッドに押し倒した。
片腕で小夜の肩をベッドに強く抑え付ける。
『っ、シルバー?』
何故此処でシルバーが怒りを露わにするのか、小夜には理解出来なかった。
シルバーの赤い目は射抜くように小夜を睨んだ。
「お前にとって俺は何て事のない記憶かもしれない。
だがお前は俺をこの短期間で変えた女だ。
それを簡単に消されてたまるかよ。」
シルバーは自分を暴力と罵声で構成されていると思っていたが、小夜に出逢ってから変わった。
気遣いを覚えて自分から小夜をおぶったり、手持ちポケモンにシャワーを掛けてやったりもした。
まだポケモンに優しくする事は出来ないが、此処まで自分が変わったのはシルバー自身が最も驚いていた。
そのきっかけとなる小夜の記憶を小夜は削除すると言う。
それにシルバーの記憶はシルバーのものだ。
そう簡単に削除されてはたまらない。
『シルバー、お願い分かって。』
「…!」
『貴方の安全の為なの。』
小夜の正体や能力を知っているのは危険過ぎる。
人質に取られる事も否定出来ない。
小夜とシルバーが共に行動しているとロケット団に知られない内に、シルバーから情報を訊いてしまわなければならない。
今ならまだ充分に間に合う。
『協力して欲しい。
貴方の情報がこの状況を突破する鍵を握ってるかもしれないの。
私の情報を知るロケット団全員の記憶を削除する為には、私に関する電子情報をロケット団から消し去らなければいけない。
そうじゃないと記憶を削除したって電子情報を読めば私の情報はまたロケット団に知られてしまうから。』
「ロケット団の機密情報へハッキングをする気か?」
『御名答。
どんな情報でもいい。
私が分からなくても彼には何か鍵となるかもしれないから。』
「…彼?」
『ロケット団の幹部として働いている人間と連絡を取ってるの。
その人がハッキングしようと試みてる。』
バショウの事を口に出してしまった。
此処まで話してしまったからにはシルバーの記憶削除は確実だ。
小夜は水晶のような瞳を揺らしながらシルバーの赤い目を見つめる。
『お願い、シルバー。』
「俺は人質に取られたりしない。
お前の正体や能力を誰かに暴いたりもしない。
記憶の削除をしないと誓え。」
小夜の肩を抑え付けるシルバーの腕により力が入る。
『言わないのなら無理矢理言わせる。』
「此処で最終手段を使うのか?
お得意の殺気で脅して口を割らせるのかよ。」
『それしか手がないのならそうする。
貴方が今後危険な目に遭うよりも全然ましよ。』
「…。」
シルバーは情報が欲しいと懇願する小夜を見据えると、小夜の肩を押しつけるのを止めて小夜の上から退いた。
「やっぱりお前にはつくづく腹が立つ。」
『ごめん。』
もう何度腹が立つと言われたか分からないし、何度謝ったかも分からない。
「俺はまだ情報を話す気はない。」
『な!』
最初と話が違う。
小夜だけが白状した形になってしまった。
小夜が不服を訴えようと起き上がるが、シルバーは口の片端を上げて一歩早く言い放った。
「俺を話す気にさせてみろ。」
まだ俺の前から消えないでくれ。
あの微笑みを、まだ俺に見せてくれ。
2013.2.8
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