想い

私たちはりんと再会した野原で就寝する事になった。
殺生丸さまに話したい事が沢山ある。
再会して以来、あまり話せていない。
話した内容といえば、邪見さまが殴られて痛そうだという事くらいだ。

「花怜さまの羽織、あったかい。」

りんが普段通り阿吽に凭れながら、私の羽織を肩から掛けている。
隣の邪見さまは鼻提灯を見事に膨らませながら、既に爆睡している様子だ。
りんはのんびりと欠伸をすると、人間の振りをしていない私に言った。

「花怜さまと殺生丸さまが仲良しで良かったあ…。」
『えっ、仲良し…?』

仲良しとは、つまり如何いう意味だろうか。
顔が熱くなるのを感じていると、りんが寝息を立て始めた。
りんの目には殺生丸さまと私が仲良しに映っているらしい。
私は立ち上がると、木の根元で腰を下ろしている殺生丸さまに視線を送った。
焚き火に照らされている横顔が綺麗で、つい見惚れてしまう。

「花怜。」
『!』

殺生丸さまは私の視線に気付いていた。
目線で私を呼んでいる。
私がゆっくりとした足取りで殺生丸さまの元へ歩み寄ると、殺生丸さまは立ち上がった。

「来い。」

私に背を向けた殺生丸さまは歩き始めた。
二人で森に入ったけれど、焚き火の炎が確認出来る距離で立ち止まった。
邪見さまとりんの二人とそう離れていない。

『殺生丸さま。』
「何だ。」
『謝りたい事があります。』

私たちは間近で向き合った。
殺生丸さまを見上げながら、私は話し始めた。

『今日の私は無礼でした。
殺生丸さまに刀を向けてしまって…。』

視線を落とすと、闘鬼神が目についた。
途轍もない邪気を放っていた剣は、殺生丸さまの妖気に負けた。

「何故犬夜叉を庇った?」
『犬夜叉さまとは道中で偶然お逢いしました。
お連れの皆さまにも良くして頂きました。』

殺生丸さまは目を細めた。
不機嫌な細め方だった。

「何時か奴を必ず殺す。」
『兄弟なのに?』
「奴を弟だとは認めていない。」
『…そうですか。』

邪見さまは犬夜叉さまの憎まれ口を何度も叩いていた。
殺生丸さまの腹の底は煮えくり返っているのだ、と話していた。

『きっと仲良くなれますよ。』

殺生丸さまは眉を寄せた。
私は困ったように微笑んだ。
これ以上は殺生丸さまの気分を悪くするだけだ。

『おやすみなさい。』

私は殺生丸さまに背を向けた。
口付けようとした理由を訊ねたかったけれど、今夜はやめておこう。
無闇に期待してしまうのが怖い。
殺生丸さまが呼び出してくれたのに、私が一方的に話をして帰るなんて、それこそ無礼だ。

「待て。」

無視などという真似は出来ずに、私は立ち止まった。
殺生丸さまが近付いて来るのを感じて、躊躇しながら振り向いた。

「花怜。」

頬に優しく手を添えられた。
私の顔が熱くなり、心拍数も上がる。
殺生丸さまの目を見ていられずに、視線を横に逸らした。
顔を覗き込まれて、逃げられなくなる。

「拒むのなら、今だ。」
『…っ、そんな事…。』

出来る筈がない。
躊躇いがちに殺生丸さまの顔を見上げると、金色の眼に捕らえられてしまった。
私は正直な考えをぽつりと口にした。

『その…迷いがあります。』
「何だ。」
『殺生丸さまのような高貴なお方に、私などが…。』
「もういい、黙れ。」

唇に、柔らかな感触がした。
初めての口付けだった。
自然と目を閉じて、殺生丸さまの肩に手を添えるように触れた。
ひと時の口付けが終わると、まだ夢見心地だった。
現実を信じられない気持ちが私の表情に出ていたのか、殺生丸さまはもう一度唇を重ねた。
慈しむように優しく触れる口付けだった。
私は目に涙が浮かびそうになりながら、殺生丸さまに話そうと思っていた事を口にした。

『私は何時からか、殺生丸さまをお慕いしていました。』
「私も…お前を愛しく思っている。」

夢なら、永遠に醒めないで欲しい。
殺生丸さまの肩に顔を埋めて、この瞬間を忘れないようにと心に刻み付けた。



2018.5.20




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