弱点

花怜がいると、邪見とりんの元を留守にし易かった。
この六日間、幾度か妖怪に遭遇したが、蒼の巫女と呼ばれる花怜の戦闘能力は私の予想以上だった。
その清らかな霊力で瘴気や邪気を浄化し、妖怪を跡形もなく滅する。
持ち歩いている霊刀の柄の部分を弓手に変化させ、矢を霊気で具現化する。
敵に回したくはないと思わせる巫女だった。

しかし、弱点はあるものだ。
森の中を歩いていた私たち一行だが、邪見とりんは阿吽の背で眠っていた。
私を先頭に、花怜と阿吽が続いていた。
花怜は妖怪というのもあり、長時間歩いても平気な様子だった。

『殺生丸さま。』

花怜が早足で隣に歩いて来ると、私の顔を伺った。

『お隣、宜しいですか?』
「構わん。」

花怜は微笑むと、私と並んで歩き始めた。
言葉数の少ない私の隣を歩いて、何か楽しいのだろうか。
しかし、相変わらず花怜の隣は居心地が良い。
その横顔を一瞥すると、花怜は微笑み返した。
無言で歩き続けていると、花怜が小声で言った。

『お気付きですか。』

返事の代わりに立ち止まった。
真っ直ぐに前を向いたまま、私たちは心構えをした。
突如、落葉樹の上から落下するように出現したのは、巨大な蜘蛛の妖怪だった。
墨を塗り潰されたような色の身体と、複数の足には細い体毛が密集して生えている。
黒光りしている目で私たちを見下ろし、威嚇した。
遠方には蜘蛛の巣があり、事切れた人間が絡み付いていた。
蜘蛛の子供がそれを口に入れている。

『…………。』

花怜が私の背後に隠れた。
どのような妖怪にも物怖じしなかったというのに。
その表情を伺うと、顔面蒼白だった。
私の毛皮を両手で緩く掴み、冷や汗をかいている。

『叫んでもいいですか。』
「やめろ、煩い。」
「ぎゃあああ気持ち悪ぃいい!!」
「きゃああああ!!」

叫んだのは、邪見とりんだった。
蜘蛛に気付いたのだろう。
耳障りに思いながら、地を蹴った。
蜘蛛が吐き出した糸を毒華爪で斬り裂くと、その頭を真っ二つにした。
漆黒の血飛沫が上がったが、それを浄化したのは花怜だった。
破魔の矢を放ち、蜘蛛を滅したのだ。
更に矢をもう一本だけ造り出し、遠方の巣に放った。
仄かに蒼く光る矢は蜘蛛の子供に命中し、巣や獲物が纏めて浄化された。

『……気分が悪い…。』
「花怜さま、大丈夫?」
『…多分。』
「蜘蛛が嫌いなの?」
『……そうなの。』

弓手の柄を袴に片付けた花怜は、依然として顔面蒼白だ。
花怜の弱点は意外なものだった。

『早く行きましょう…。』

花怜は若干覚束ない足取りで歩き始めた。
私がその隣に並んで歩き出すと、不思議そうな表情をした。

『殺生丸さま…?』
「また現れたら如何するつもりだ。」

嬉しそうに微笑んだ花怜を横目で一瞥した。
その日は花怜と隣同士で歩いた。
邪見が物珍しげな表情をしていたが、眼中になかった。



2018.3.20




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