一部

水浴びをした当日の深夜。
私は岩肌の上にいる殺生丸さまの右隣に腰を下ろし、月を見上げていた。

『今日、りんに泣かれてしまいました。』

殺生丸さまは目線で返事をした。
私の目を見て、話を聞いてくれる。

『私がいないと寂しいと話してくれました。』
「お前は如何なんだ。」
『勿論、寂しいですよ。』

殺生丸さまと邪見さまと離れるのも、寂しい。
それでも、次の人里を訪れたいと思っている。
ふらふらとあてのない旅をしている私にとって、人間を救うのは一つの生き甲斐でもある。

『疫病の元を絶つ通力を持っているのは、私くらいしかいないんです。』

私を必要としてくれているのは、りんだけではない。
これ以上、この話をしたくない。
殺生丸さまから視線を外し、空を見上げた。
何時もより、空を暗く感じる。
殺生丸さまは何も訊かなかったし、私にはそれがありがたかった。

それから暫く、私たちは何も語らなかった。
ふと殺生丸さまを見ると、珍しく目を閉じていた。
もしかして、眠っているのだろうか。
だとすれば、してみたい事がある。
私はそっと手を伸ばし、殺生丸さまのふわふわに人差し指を埋めた。

『…ふわふわ。』
「何をしている。」
『えっ。』

慌てて手を引っ込めると、殺生丸さまに横目で見られていた。
そんなに力強く触れたつもりはなかったのに。

『いえ、えっと、触ってみたくて…。
もしかして、神経が通っているのですか?』
「これは私の一部だ。」

毛皮という事だろうか。
殺生丸さまは犬の妖怪だ。
毛があっても可笑しくはない。

『触ってみたかったので、得した気分です。』

殺生丸さまは少しばかり眉を寄せた。
何を得したのか、理解していない様子だ。

『私もそろそろ寝ますね。』

高い岩肌から降り、草原に足を下ろした。

『おやすみなさい。』
「ああ。」

返事をしてくれた。
それだけで嬉しかった。



2018.3.10




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