触手パンチ

満月の深夜。
宿主の老婆に見守られながら、角都は突き破った床材の上に新しい畳を黙々と敷いていた。
ちなみに、角都は口布と頭巾を装着している。
畳の下の床材や天井は専用の木材を新しく貼り替えた。
実質、リフォームだ。
良いムードをぶち壊しにされたデイダラは不機嫌だった。

「角都の旦那…聞き耳は失敬だぞ、うん」
「貴様が煩いから聞こえただけだ」

雅はデイダラの隣で苦笑した。
角都がふと目を覚ました時、微かに聞こえたのはデイダラの台詞だった。

―――わ、悪かった!
オレが悪かったから泣くな!
―――それを誘ってるって言うんだ!!うん!!

大声で話していたその台詞だけ、真下の部屋まで聞こえたのだ。
デイダラが雅を泣かせている。
しかも、何故か一人称がオイラからオレになっている。
デイダラの台詞から情事に及ぶ直前だと察すると、角都は居ても立っても居られなかった。
伸びる腕で天井を突き破り、デイダラの首を掴んで投げた。
下の部屋にいる以上、雅からデイダラを上手く引き離せたのかは分からなかったが、とりあえず投げた。

「これで直りましたね。
婆様、夜中に申し訳ありませんでした」
「構わんよ」

角都は天井と床を突き破ったのを老婆に非難されるかと思ったが、そうでもなかった。
実質のリフォームになったのだから、老婆は有り難いとさえ思っていたのだ。
新しい畳と床と天井の素材の代金は、角都がきちんと支払った。
この騒ぎを見に来ていたサソリは鼻で笑った。

「腰抜けのデイダラもついに雅に手を出そうとしたか」
「うるせー!
サソリの旦那は黙ってろ!」

お預けを喰らった状態のデイダラは、胸の内に不満が充満していた。
雅は頬を赤らめ、俯いた。
角都はサソリの台詞に苛立ちを覚えながらも、老婆に謝罪を口にした。

「…すまなかったな」
「いいえ、こちらこそありがとうございました、旦那様。
それに雅が大切なのはよく分かりますよ」

雅は角都を見つめながら目を瞬かせた。
角都にとって、自分は大切な存在なのだろうか。
慕っているのは自分だけだと思っていた。
デイダラは雅の隣で愚痴を零した。

「ったく、角都の旦那の触手パンチには参ったぜ」
「驚きましたけど、少し予想していましたよ」
「予想してたなら早く言ってくれよ!うん!」
「デイダラが聞かなかったからです!」

雅とデイダラが言い争い始めると、老婆はしわがれた声で笑った。
そしてゆっくりと踵を返し、曲がった腰を上げてドアを開けた。

「それでは、ごゆっくり」

雅は慌てて頭を下げ、老婆を見送った。
サソリも老婆に続いてドアへと向かった。

「俺も行く。
今日盛るのは我慢するんだな」
「うるせー!」

サソリはデイダラに嘲笑を残し、部屋を出ていった。
その場に雅とデイダラのカップルと、角都が残された。
角都は雅に言った。

「すぐに寝ろと言った筈だが」
「ごめんなさい。
デイダラとお月見していたんです」

デイダラは自分の生い立ちや里の禁術に手を出した話もしたが、雅には否定されなかった。
話してくれてありがとう、と言われた。
デイダラも雅の話を聞いたが、心苦しくなる内容だった。
雅は悲劇の一族の生き残りとして、孤独を感じながら生きてきた。
しかし、雅の周りには同じ一族の生き残りや、此処の宿主や風遁の一族、そして角都や飛段もいた。
一族の恨みを晴らす事ばかりに執着し、周りが見えていない。
雅を大切に思う人間は傍にいるのに。
つい先程には老婆も言っていた。

―――雅が大切なのはよく分かります。

「角都の旦那も雅が大切だろ?」

デイダラは気付けばそう訊ねていた。
角都は静かに雅と見つめ合っていたが、スッと逸らした。

「もう寝ろ」
「おい無視かよ、旦那」

雅は頭を下げ、部屋を出ていく角都を見送った。
問いかけに答えなかった角都に不満を覚えたデイダラだが、雅は気にしていないようだ。

「旦那の奴、照れたのか?」
「角都さんは無駄話をしない人です」
「無駄話なんかじゃねーだろ」

デイダラは元に戻った畳の上に二人分の敷き布団を敷き直した。

「大人しく寝るか」
「そうしましょうか」

二度目の触手パンチはごめんだ。
デイダラが妙な疲労を感じながら布団を着ると、なんと雅がもぞもぞと入ってきた。

「雅…?!」
「大人しく一緒に寝ましょう?」
「お前…オイラの気も知らずに…!」
「知っていますよ。
でも私はデイダラに寄り添って寝たいんです」

雅はデイダラの肩にこてんと頭を乗せ、目を閉じた。
デイダラの温もりが睡眠へ誘ってくれる。

「おやすみなさい…」

デイダラは雅の頭を撫でた。
思い出すのもつらい過去を話し、精神的に疲れたのだろう。
話してくれたのがありがたかった。

「おやすみ、雅」



2018.6.18




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