無情な世界

「ご馳走様でした。
婆様のお料理はいつも美味しいです」
「早よう元気になりなされよ」
「お陰様でもう元気ですよ」

雅の宿泊部屋から粥の皿を下げに来た老婆は、完食した雅を見て少しばかり安心した。
今朝、凄腕の忍である雅がデイダラの腕に抱かれて運ばれてきた時は、久し振りに焦ったものだ。

「この対価は必ずお渡しします」
「構わんよ、長い付き合いじゃろう」
「ですが…」
「お前さんは髷の若造の相手をしておやり」
「オイラ?!」

窓際で夜空を眺めていたデイダラは赤面し、老婆の皺だらけの顔を見た。
既に露天風呂を楽しんだ後のデイダラだが、その姿は黒装束の下に着ている忍服だ。
髷も結んであるし、粘土袋も持っている。
何かあった時、素早く対処する為だ。
無垢に目を瞬かせる雅は、老婆の台詞に小首を傾げた。
老婆は盆を両手で支えながら、ゆったりと微笑んだ。

「今夜はもうお休み」
「ありがとうございます。
おやすみなさい」

座布団に腰を下ろしている雅は、部屋を出ていく老婆に丁寧に頭を下げた。
デイダラは謎めいている老婆を見送り、浴衣の上に羽織を着ている雅に言った。

「変わった婆さんだな、うん」
「婆様は昔から不思議なお方です」

デイダラは雅の隣の座布団に腰を下ろし、湯呑みから緑茶を啜った。
それを見た雅は電気ポットから急須に湯を補充し、茶葉を蒸らした。
その手順が慣れているのを見て、デイダラは口を開いた。

「誰かに茶を出したりするのか?」
「角都さんや飛段さんになら、時々。
顔を合わせる機会が多いですから」

雅は角都と共有している機密情報を参考に、ターゲットを殺るべく独りで動いている。
誰かと共同で暗殺する事など、滅多にない。
暁に依頼された暗殺の対象者が雅のターゲットだった際、角都と飛段の二人と組んだ程度だ。
しかし、角都と飛段のコンビとは顔を合わせる機会が多く、この宿を何度か訪れている。
デイダラは角都が雅に対して友好的な理由が分かった気がした。

「こうして誰かと過ごす機会は多くありませんが、暁の方々にこの宿を紹介する時は、お酒やお茶を出したりしますね」
「暁…うちはイタチもそうなのか?」
「イタチさんですか?
何度かありますよ」

角都の旦那は許せるとして、あのイタチも雅の事を前々から知っていたのか。
デイダラは悔しさを感じながら、雅が湯呑みに茶を上品に注ぐのをじっと見ていた。
今日は早朝から気の休まらない一日だった。
雅の為に奔走し、雅に少しだけ触れた。
あの後、雅は数時間眠ってから露天風呂に入り、老婆から玉子粥を貰った。
デイダラも雅が眠っている間に夕食を出して貰ったが、雅の言った通りで料理は美味しかった。
雅の芸術的な寝顔も存分に拝めた。

「雅」
「どうしました?」

雅は湯呑みを手に取り、熱い緑茶を口にした。
湯呑みをテーブルに置いた時、片膝を立てながら遠い目をするデイダラを不思議に思った。

「雅はオイラのせいで怪我したんだよな」
「え?」
「オイラの事を考えてたから、油断したんだろ」
「違います、私の精神修行が足りなかっただけです」

雅は自分が忍である以上、私的感情が戦闘に影響するなどあってはならないと思っていた。
それなのに、今回は完全に油断していた。

「どうか自分のせいだなんて言わないでください。
逆に私が責任を感じますから…」
「それは困る、うん!」

デイダラの返事に満足した雅は、穏やかに微笑んだ。
今後はもっと気を引き締めて戦闘に臨まなければ。
最悪、命を落としかねない。




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