後遺症
十二畳ある和室は、二人で使うには広い。
窓際は板の間になっていて、その他は温かみのある畳に覆われている。
木製のテーブルは四つの座布団に囲まれていて、電気ポットや湯呑みなどが置かれている。
雅は黒衣を脱ぐと、腕にかけて持った。
「洗濯していただきますか?」
「そうだな、うん」
黒衣の下に隠れていた雅の忍服と髪を見たデイダラは、何度目かのドキッを経験した。
忍服は雪女らしく大人げで和風だが、同時に愛らしくもある。
フードの下に隠してしまっていた髪は艶やかで、指を通してみたくなる。
やはり、芸術的だ。
デイダラは感嘆の溜息を漏らしそうになった。
雅が暁に加担しているのをデイダラが知らずにサソリだけが知っていたのは、ゼツがサソリだけに直接伝えたからだった。
デイダラは雅と再会したあの日、それをサソリから聞いた。
何故教えてくれなかったのかと実に拗ねたものだ。
雅がこんなにも芸術的で可愛らしいのなら、それをもっと早く知りたかった。
二年間も雅をがむしゃらに恨み続けた自分を情けなく感じる。
「此処は民宿ですが、地下に開けた露天風呂がありますよ」
「露天風呂があるのか!うん!」
デイダラのテンションが急上昇した。
風呂にゆっくり浸かる機会など滅多にない。
露天風呂という単語がやけに芸術的な響きに聞こえた。
デイダラが無邪気に喜ぶのを見た雅は、ふふっと笑った。
二つ年上だと角都から聞いているが、可愛い所もあるものだと思った。
「私は先に行きますね。
ルームキーはデイダラさんにお渡ししておきます。
私は長風呂ですから」
雅はデイダラにルームキーを差し出し、デイダラがそれを受け取った。
不意にデイダラに見つめられて、目を瞬かせた。
「どうかしましたか?」
「い、いや、初めて名前で呼ばれたと思ってな…うん」
不思議な人だ、と雅は思った。
なんだかデイダラが挙動不審な気がするが、気のせいだろうか。
ルームキーを渡した距離で見上げてくる雅を見つめながら、デイダラは気付いた。
自分はまだ雅を名前で呼んだ事がない。
「…雅」
「はい」
「……」
「デイダラさん?」
「そのデイダラさんってやめろ。
呼び捨てでいい」
雅は再び目を瞬かせた。
デイダラの表情が真剣なのを見て、穏やかに言った。
「デイダラ」
雪女と呼ばれているとは思えない程に、温かくて柔らかな声がデイダラに沁み渡った。
自分の名前だというのに、芸術的な響きに聞こえた。
「それでは、私は行きますね」
雅はデイダラに微笑み、部屋を後にした。
部屋に残されたデイダラはルームキーを軽く握り、浅く溜息をついた。
殺したい欲望などとっくに消えてしまった。
芸術性溢れる彼女を自分のものにしてしまいたい。
本当に訳の分からない感情だ。
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