とある一族の集落

とある山の麓に、風遁使いの一族が小さな集落を構えていた、筈だった。
雅は焼け跡となってしまった其処に、無表情で立ち尽くしていた。
真昼の太陽が雅の影を短く伸ばしている。
雅は吹き抜ける風に揺れる黒衣のフードの下で、人の気配が全くない周囲を確認した。
二十世帯程あった藁屋の家々が、木屑の残骸となって散乱し、焦げ臭い。
野菜畑や花畑は跡形もなく、まるで土すら燃えてしまったかのように見える。
しかし、人の遺体が不自然にも全く見当たらない。

「皆は一体何処に…」

此処に住んでいた一族は霧隠れの里出身であり、能力の高い優秀な一族だ。
氷遁使いである雅の一族とは昔から親交があった。
雅の一族が霧隠れの上層部によって売り払われるようになると、雅たちを追うようにして里抜けした。
雅自身もこの一族と親交があり、隠れ家として時折此処を訪れていた。
一ヶ月振りにこの付近を通った雅は、久方振りに泊めて貰おうと思っていたのだが。

ゆっくりと歩き始めた雅は記憶を頼りに、ある場所で立ち止まった。
焦げ臭い木屑を手で押し退け、印を素早く結んだ。

「解」

掌を床の残骸に当てると、其処は正四角形に盛り上がった。
それは重厚で平らな石で、鈍い音を立てながら横に滑るように移動した。
人が一人通れる程の穴が開くと、コンクリート製の階段が現れた。
雅は腰に巻いているウエストバッグから懐中電灯を取り出し、スイッチを押した。
念の為に影分身一人を見張りとして其処に置いてから、階段を降り始めた。

雅が此処に入るのは初めてではない。
長い通路から部屋が幾つも接している地下空間を、何度も通っている。
その部屋の一室が客室になっていて、雅は其処を借りていた。
この地下空間は上空の被害を受けず、無事に残っていた。
暗闇に包まれている廊下に懐中電灯の光が差し込み、雅の足音だけが響いている。

「爺様?」

風通しのない空間に、透明感のある声が通った。
一族の長老を呼んでも、返事はない。
まず人の気配が全くないし、不気味だとさえ感じる。
歩き進めていると、最奥の部屋のドアが僅かに開いているのが見えた。
そのドアを慎重に開けると、軋んだ音がした。
此処は酒と巻物の貯蔵庫だ。
樽が幾つも積み上げられていて、大量の瓶と巻物が棚に収納されている。
以前から雅はこの一族から酒と巻物を譲って貰っていた。
この一族が造る酒は非常に美味で、誰に渡しても高い評価を受ける一品だ。
雅はそれを宿代として払ったり、暁のメンバーに渡したりもする。
封印専用の巻物は、暗殺された人間を冷凍して封じたり、荷物を封じて運べる便利な代物だ。

そして、広い部屋の片隅にあるテーブルの上に、一本の巻物が無造作に置かれていた。
雅は紐に縛られていないそれを広げ、懐中電灯で内容を照らした。
震える手で綴ったらしい文字が連なっている。

我らは存続をかけて戦う
そなたにこの場所を託す
自由に使うべし

これは雅へのメッセージだった。
雅が此処へ来るのを分かっていたのだろうか。
雅は巻物を丸めて紐で縛り、ウエストバッグに入れた。
氷のような瞳に闘志を宿し、外に向かって駆け出した。
行かなければ。



2018.5.5




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