リストバンド

『それじゃあ、行ってきまーす。』

「気を付けてね。」

お姉ちゃんが仕事の合間を縫って、空港まで車で送ってくれた。
空港のロータリーでトランクを下ろし、お姉ちゃんに手を振った。
車が見えなくなるまで見送ると、ピンクゴールドの腕時計を確認した。
飛行機に遅れるかもしれないと焦ったけど、全く問題なさそうだ。
お土産コーナーでも物色して、機内で食べるおやつを調達しようかな。
空港の入り口の自動ドアに向かって歩き出した時、見慣れた姿を発見した。

『え…。』

「愛。」

大好きな人が見える。
大人っぽいコートが休日のサラリーマンのように見えるその人は、間違いなく国光だ。
あたしはトランクを引っ張り、慌てて駆け寄った。

『如何して!?』

「お前の兄に聞いて、待ち伏せしていた。」

あたしは頬の緩みが止まらなくなった。
渡米前に逢いたいと話していたのは国光の卒業式の日だけど、あたしたちは結局逢えていなかった。
だから、見送りに来てくれたのが余計に嬉しい。

「お前に渡したいものがある。」

『ん?』

国光はバッグから何やら包みを取り出し、あたしに差し出した。
可愛らしい薄水色の包みは、小さくて平たい。
何が入っているのか、全く見当がつかない。
あたしが口を半開きにしていると、国光はあたしの頭を撫でた。

「明日は何の日だ?」

『アカデミー初日。』

「違う、ホワイトデーだ。」

『……あ、そっか!』

明日は3月14日。
つまりホワイトデーだ。
テニスアカデミーや終了式で頭が追い付いていなかったから、すっかり忘れていた。

『ありがとう!』

快く受け取った。
バレンタインデーが随分と昔の話のように感じる。

『開けていい?』

「ああ。」

可愛らしい包みを破かないように、青色のお花のシールを慎重に剥がした。
ワクワクしながら中身を取り出すと、白いリストバンドが出てきた。
それを見たあたしは再び口を半開きにしてしまった。

『こ、これは勇者の紋章…。』

あたしが大好きなゲームの象徴とも言える模様が、金色に刺繍されていた。
このゲームのシリーズを小さな頃からこよなく愛しているのを、国光には知られていた。
ゲーム内で登場する技名を日常的にネタに使うからだ。
それを飽きる事なく聞いてくれる国光には感謝している。

『…何処でこんなプレミア物を…。』

「買ったものではない。」

『えっ。』

「パソコンからミシンに画像を転送して、刺繍した。」

国光がカタカタとミシンを操作しているのを想像するだけで、今日の飛行機は退屈しなさそうだ。
リストバンドを右手首にはめると、ぴったりだった。
フィット感も好みだ。
国光の事だから、評判の良いリストバンドを調べて選んでくれたんだろうな。
金色の紋章が今にも光り出しそうだ。

『本当にありがとう!

これでアメリカでも頑張れる!』

「無理は禁物だぞ。」

裕太お兄ちゃんに自慢しよう。
これがあればゲームの称号のオールクリアも夢じゃない。
アカデミーの授業でも着けておこう。
あたしが不気味な笑みを浮かべていると、国光に頭を撫でられた。

「お前が帰って来たら、何処へ出かけようか。」

国光が話題を変えた。
あたしはそれに乗っかり、うーんと考えた。

『山登りがしたいな。』

「疲れるぞ、いいのか。」

『体力はあるから大丈夫。

国光が何時も見る景色をあたしも見てみたいの。』

きっと物凄く綺麗なんだろうな。
テニスアカデミーの疲労なんて吹っ飛んでしまうんだろうし、空気は凄く美味しいんだろうな。
国光が隣にいれば、その景色はきっと何倍も価値があるものになる。

「…抱き締めたくなる。」

『ええっ?!』

如何して?!
声が裏返り、口元に手を当てた。

「また、今度だな。」

『…うん。』

また今度――それは何時になるのかな。
触れ合う約束をしたら、次に逢う日を早くも待ち遠しく思えた。

『山登りグッズは揃えておくから。』

「分からない事があれば訊くといい。」

『うん!』

「そろそろ行こうか。

見送らせてくれ。」

国光はトランクを持ってくれた。
リストバンドの包みをショルダーバッグに入れたあたしは、国光の片手を握った。


あのね、国光。
一緒にしてみたい事が沢山あるの。
国光が趣味にしてる釣りも、山登りも。
泊まりがけでキャンプもしてみたいな。

国光と一緒なら、きっと何だって楽しいよ。
そう思えるのって、凄く素敵な事だよね?


新年編 完

2018.4.3



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