噂の鎮圧

エプロンを着けたままのあたしはリビングで一人、ぼんやりとテレビを観ていた。
手作りのホットケーキにバターと蜂蜜を塗り、もぐもぐと食べている。
情報番組のスポーツコーナーが終わったけど、あたしの名前が出る事はなかった。
その理由は、テニス協会の圧力やあたしの年齢も関係している。
美人だと思う女子スポーツ選手ランキング1位とやらの不二愛の熱愛の噂は、呆気なく消えようとしている。

『うん、無事鎮圧出来そう。』

椅子から立ち上がり、エプロンを着けてキッチンに立った。
いやしかし、眠い。
今日は張り切って晩ごはんを作ると言い出したのはあたしなのに。
国際大会の会場だった九州から帰宅したばかりのあたしは、眠たい目を擦った。
早朝にホテルを出発し、飛行機とタクシーを乗り継いで昼前に帰宅した。
今、家にはあたし以外に誰もいない。
今日は青春学園中等部の卒業式なんだ。

『国光がついに卒業か…。』

学校で逢えなくなってしまう。
これまで以上に、逢える日が減ってしまう。

『寂しいな…。』

一人で土鍋を準備しながら、気持ちが落ち込むのを止められなかった。
お母さんとお姉ちゃんは卒業式に出席していて、お父さんは仕事。
裕太お兄ちゃんは聖ルドルフで普段通りに授業がある。
お兄ちゃんは何時くらいに帰ってくるのかな。
テニス部の打ち上げは後日あるらしいから、今日は卒業式が終わったら真っ直ぐ帰ってくる筈だ。

『お兄ちゃんの為にも腕を振るわなくちゃ。』

あたしは長袖を捲り、冷蔵庫の野菜室を開けた。
国光にもお兄ちゃんにも、卒業おめでとうって元気良く言うんだ。



2018.3.10




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