市民大会開始

更衣室や受付のロビーがある施設の一室に、選手の控え室がある。
中学生の部に出場する選手の控え室には、沢山の女の子がいた。
其処から出て、施設前に立てられているテントの下にやってきた。
試合直前の選手が待機するパイプ椅子や、水分補給の為の飲み物が並べてられている長テーブルがある。
あたしは国際試合でも使っているラケットケースを足元に置いてから、パイプ椅子に座った。

『お疲れ様。』

「アンタこそ。」

隣にいたのは越前君だ。
越前君はラケットのガットを指で整えながら、何時ものペースを保っている。

「試合前に名前アナウンスされるでしょ。

人に気付かれるけど、如何すんの?」

『如何しようもないよ。』

「ずっとその変装してるつもり?」

『まさか。』

あたしは手首に付けているシュシュを見せた。
試合が始まったらキャップに入れ込んでいる髪をポニーテールにするし、赤縁の眼鏡だって邪魔だ。
あたしは足をぶらぶらさせた。
あたしたちは何試合目から試合だったかな。
続々と選手が集まる中、開会式の開始がアナウンスされた。
あたしは立ち上がり、気楽に伸びをした。

よし、頑張ろっと。
国光にかっこ悪い所は見せられないしね。

選手たちがコートに入ると、部門毎に分かれて適当に四列に並び、主催者の中年男性の話を聞いた。
参加選手をざっと見渡しても、知っている顔はいなかった。

「第一試合、越前・不二ペア。」

主催者があたしの名字を言ったのを聞いて、後ろの方に並んでいたあたしははっとした。
この場ではフルネームで呼ばれなかったけど、あたしが此処出身だと知っている人もいるだろう。
何か気付かれたかもしれない。
越前君が隣にいるあたしの顔を見たから、あたしは苦笑した。
短い開会式が終わると、コートに向かった越前君がボソッと言った。

「何時フルネームで呼ばれんのかな。」

『面白がってる?』

あたしはベンチにラケットケースを下ろし、三本あるラケットの内の一本を取り出した。
準備満タンの越前君があたしの様子を窺うから、あたしは二度目の苦笑いをした。
何時変装をやめるかを窺っているみたいだ。

「両選手、前へ。」

若い男性の審判員に促され、越前君とあたしはコートのネットを挟んで中学生の二人と向き合った。
よく顔が似ているから、兄妹かもしれない。

「只今より――」

審判員が相手選手のフルネームを言ったから、あたしは身体を硬くした。

「――対、越前リョーマ・不二愛ペアの試合を開始します。」

審判員はあたしの名前を呼んだ時だけ、声を微妙に詰まらせた。
予想通り、周囲のギャラリーが騒々しくなった。
向き合っている選手二人も口を半開きにしている。
もうそろそろキャップと伊達眼鏡を取るべきだろうか。
悩んでいると、越前君が呆れた様子であたしのキャップをひったくろうとしたから、あたしはそれを素早く避けた。

『…何するの。』

「もういいじゃん、世界ジュニア女王。」

あたしは越前君を拗ねた目で睨んだ。
ギャラリーの喧騒の中、審判員は僅かに動揺しながらも、サーブの先制を決める為にコイントスをした。
サーブ権は此方になり、ボールボーイのお兄さんが越前君にテニスボールを幾つか投げた。
フェンスの向こうにいる沢山のギャラリーからスマホのカメラが向けられているのを感じるけど、国内外の大会も同じようなものだ。
あたしはキャップと伊達眼鏡を取り、ベンチのラケットケースの上に置いた。
手首のシュシュで高いポニーテールを作ると、ギャラリーから謎の拍手が沸き起こった。
越前君が呆れているのを見たあたしは、前衛のポジションに立つ前にコソッと言った。

『越前君。』

「何。」

越前君はベースラインの位置に立ち、テニスボールをポケットに入れながらあたしの目を見た。

『この試合でサーブミスしたら、これからコシマエ君って呼ぶ。』

あたしは越前君が何とも言えない表情をしたのを見て満足し、構えを取った。
余裕ぶっこいていたら、凡ミスに繋がる。
二人でダブルスの基本の動きや息を合わせる練習をしたとはいえ、ほんの数回だ。
越前君には気を引き締めて試合に臨んで欲しい。
出場するからには、絶対に優勝してみせる。

「アンタこそ、ミスしたら下の名前で呼ぶから。」

目を瞬かせたあたしは越前君に振り向きたくなった。
でも、審判員が「越前サービスプレイ」と言ったのを耳にした次の瞬間には、越前君のサーブが打ち込まれる音がした。
何だかんだで、市民大会の始まりだ。


2018.2.13




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