手塚国光一筋

バス停の傍にあった小さな喫茶店に入り、ブラックコーヒーを頼んだ。
持ち歩いている洋書を開き、友人と話している愛を待った。
愛は無事に話せただろうか。
竜崎さんの様子を見ていると、愛を非難しているようには思えなかったが。

『国光。』

恋人の声が聞こえた。
洋書から視線を上げると、愛と竜崎さんが歩いてきた。
竜崎さんは泣き腫らした顔をしていた。

『お待たせ。』

「大丈夫か?」

『うん。』

愛は微笑んだ。
すると、竜崎さんが俺に深々と頭を下げた。

「御迷惑をお掛けして、すみませんでした…!」

『桜乃ちゃんが謝る事じゃないよ。』

突然の謝罪に、俺も無表情ながら困惑した。
謝罪される理由を考えてみる。
恋人である愛に辛い思いをさせたからだろうか。

「やっぱり愛ちゃんにリョーマ君のペアを頼む事にしました。」

「!」

「今日の練習にも協力して貰ったのに、本当にごめんなさい…。」

俺が愛の目を見ると、愛は頷いた。
ペアの件は既に了承済みのようだ。
結局、越前のペアは愛になった。

「私は愛ちゃんを責めたり怒ったりなんてしていないので…安心して下さい。」

「そうか、分かった。」

愛はそれを聞いてほっとしただろう。
実際に俺も安心した。

『あたしと桜乃ちゃんは無事に話し終わったから、もう心配ないよ。

後は小坂田の朋ちゃんと月曜に話すだけ。』

テーブルの隣に立っている愛は不安そうに目を伏せ、洋書を持つ俺の手に指先で触れた。
それを見た竜崎さんが赤面し、慌てながら言った。

「二人の時間を貰ってごめんなさい…!

私、行きますね!」

我に返った愛が手を引っ込めた。
無意識の内に俺の手に触れていたらしい。

『さ、桜乃ちゃん、また月曜にね!』

「うん、頑張ろうね。

手塚先輩、お邪魔しました…!」

素早く頭を下げた竜崎さんは早々に踵を返し、走り去っていった。
転倒しないかと心配になるような走り方だった。

『行っちゃった…。』

愛は呆然としていたが、俺の向かい側の席に腰を下ろした。
深々と吐息をつくと、俺に笑ってみせた。

『桜乃ちゃんとは何とかなったけど、問題は朋ちゃんだなぁ。』

愛のもう一人の友人、小坂田朋香さん。
越前のファンクラブを立ち上げる程の越前ファンで、越前に想いを寄せる一人だ。
越前をリョーマ様と呼んでいるのは、男子テニス部員なら誰もが知っている。

『朋ちゃんは桜乃ちゃんが越前君を好きだって気付いてないかもしれない。』

「それも話さなければならないんだな。」

『…うん、朋ちゃんは楽天家だから、ショック受けるだろうな…。』

愛は椅子の背凭れに背中を預けた。
精神的に憔悴しているように見える。

『結局、越前君とペアになっちゃった。』

「そのようだな。」

『怒った?』

「いいや。」

愛は申し訳なさそうに眉尻を下げている。
俺は怒ってなどいない。

「少し心配なだけだ。」

『心配要らないよ。

あたしは手塚国光一筋です。』

俺は少しばかり目を見開いた。
照れている愛の表情が可愛らしい。

『それに、息が合わなくても絶対優勝する。』

「観に行く。」

『ほんと?』

愛の笑顔が俺の心を温かくする。
試合は3月に入って間もなく開催される。
時間を作り、観に行こうと思う。

『また国光とミクスド組みたいな。』

愛と組めば、国内大会で上位に入るのも可能だろう。
俺たちは何かと相性が良い。
今日のミックスダブルスでも息が合った。

『そろそろ行く?』

「家まで送る。」

『ありがとう。

きっとお姉ちゃんが国光の分もラズベリーパイ焼いてるよ。』

この後、再び愛の家に上がる事になった。
愛は自宅で笑っていたが、無理をしているようにも見えた。
週が明ければ、友人との話し合いが待っている。
そして俺には、今月中にもう一つイベントが待っていた。



2017.9.29




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