諦めるから

駐輪場まで走ると、越前君は振り返ってあたしの手を離した。
大量の自転車に囲まれながら、二人で呼吸を整えた。

「…ごめん、つい。」

『ううん、寧ろありがとう。

見たくなかったから。』

あたしは俯き、苦笑した。
さっきの女の子、凄く可愛い子だったな。
国光は優しいから、腕を組まれても振り解けなかったんだろうな。
腕を組まれている国光を見た時、苦しかった。
オーストラリアで越前君があたしの肩を抱き寄せたのを見た国光は、こんな風に苦しくなったのかもしれない。

「頭抱えてたけど、体調は…?」

『うん、大丈夫。

目眩みたいな感覚がする時があって。

結局は気のせいなんだけどね。』

精神的なダメージを受けた時、くらっとするような錯覚がする。
それは時々しか現れないけど、あたしを悩ませている。
あたしは溜息を吐きそうになるのを我慢した。

「これ、今食べていい?」

『今此処で?』

「そう。」

『いいよ、それ持っといてあげる。』

それ≠ニはあの二人が渡したチョコレートだ。
朋ちゃんの包装箱はやたらと大きいし。
あたしは二人が愛を込めて作ったチョコレートを慎重に受け取った。
越前君はあたしが渡したマカロンの袋のリボンを解き、三つある中の一つを食べた。

『如何?』

「美味い。」

『良かった。』

人と話していると気が紛れる。
国光があの子から何を渡されているのか、どんな話をしているのか、考え過ぎずに済む。
越前君があっという間に全部食べてしまい、思わず目を丸くした。
越前君の口に合ったみたいだ。

「話変えてもいい?」

『どうぞ。』

「ちゃんと聞いて。」

越前君が改まってあたしと向き合うから、不思議に思った。
じっと見つめられて、小首を傾げた。
目を逸らせないまま、時間だけが静かに過ぎていく。
遠くの運動場から生徒たちが騒ぎ立てる声が聞こえる。
越前君は間を沢山取った後、やっと口を開いた。

「俺、アンタの事好きになりそう。」

『……えっ?』

好きになりそう――?
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
理解に遅れてしまった。
ぽかんとしてしまったけど、ちゃんと聞いて、と言われたのを思い出した。

「諦めるから、ちゃんと振って欲しい。」

真剣な目に緊張してしまう。
越前君は本気なんだ。
あたしをからかっている訳じゃないんだ。

『好きになりそうって…如何いう…。』

「分かってよ。」

『分からないから困ってるのに…。』

あたしの手には桜乃ちゃんと朋ちゃんが越前君の為に用意したチョコレートがある。
これを持ったままなのに、如何してこんな話になるんだろう。
罪悪感で胸が苦しくて、涙が滲んだ。

「ご、ごめん…泣かせたかった訳じゃない。」

『泣いてない。』

服の袖でごしごしと目を擦った。
アメリカで越前君と買い物をしながら話した時、越前君には意識している女の子がいるような気がしていた。
その女の子は、あたしの事だったんだ。

「何で泣くの…?」

『分かってよ。』

あたしは越前君に二人からのチョコレートを差し出した。
それが涙の意味だ。
越前君はあたしの顔を窺いながら、チョコレートを受け取った。

「ごめん…無神経だった。」

あの二人が勇気を出してバレンタインのチョコレートを渡した日に、あたしがこんな事を言われるなんて。
越前君に想いを寄せる二人には絶対に話せない。

「それで?」

『…何?』

「振ってくれる?」

『まだ好きになってない人から振られてもいいの?』

「いいから。」

しっかり答えないと。
勇気を出したのは越前君も同じ筈だから。
すると、予鈴が鳴った。
まるで急かされているみたいだけど、あたしは気持ちを落ち着かせようと努めて言った。

『越前君は男友達の中でも仲が良いって勝手に思ってる。』

「うん。」

『だから越前君とは…その…。』

「続けて。」

言葉に詰まったけど、催促された。
あたしは思い切って言った。

『越前君とはこれからも友達でいたいから、だから好きにならないで…!』

越前君は数秒黙った後、何故か小さく笑った。
必死で伝えたのに笑われるなんて。
その反応の意味が分からなくて、あたしは唖然とした。

「やっぱアンタって面白いよね。」

あたしだって勇気を出したのに、笑われるなんて。
膨れっ面をしたあたしに、越前君が次こそ真面目に言った。

「ちゃんと振ってくれて、サンキュ。

アンタの事は友達として好きだから。」

『ありがと…。』

その好き≠ェ別の好き≠ノ聞こえた。
気のせいだと思いたい。

「これからも友達として宜しく。」

『此方こそ。

これからも今まで通りにお喋りしてね?』

「勿論。」

『好きにならないでね?』

「振られたんだから、ならないって。」

バレンタインは女の子から気持ちを伝える日なのに、逆になっている。
その時、本鈴が鳴った。
二人でギクッとした。

『わ、やばい…!』

「ごめん、俺のせいで…!」

とにかく走ろう!
駐輪場から猛ダッシュした。
運動部同士で階段をかっ飛ばしながら、越前君が言った。

「手塚部長とちゃんと仲良くしてよね。」

『うん!』

伝えてくれて、ありがとう。
気持ちに応えられなくて、ごめんね。



2017.8.27




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