キャパオーバー

一つ目の試合を控えた朝。
一人部屋に鳴り響くスマホのアラームをべしっと止めた。
寝惚け眼でスマホ画面を確認すると、越前君からのメッセージが届いていた。

―――――
仲直りしたわけ?
―――――

越前君、優しいな。
気にしてくれるんだ。
あたしは微笑み、文字を入力した。

―――――
昨日はあんなことさせてごめんね!
でもお陰で仲直りした気がする(^^)
―――――

今度は桜乃ちゃんにああいう事をしてあげて欲しいな、という願望は頭の隅っこに追いやった。
桜乃ちゃんはオーストラリアまで試合を観に来ている。
「リョーマ君が何処の国の代表でも応援する」と言っていた寛大さに感服する。
あたしも見習いたい。

『あ、そういえば。』

―――何で兄貴はリョーガさん≠ナ、俺は越前君≠ネ訳?

もしかして、下の名前で呼んで欲しいという事なのかもしれない。
桜乃ちゃんも朋ちゃんも越前君をリョーマ君と呼んでいる。
あたしは別にどっちで呼んだって構わないけど。
もう一つ気になるのは、国光に見せびらかすかのように肩を引き寄せられた事だ。
ただの悪戯心だったのかな。

『ま、いっか。』

深く考えずに、軽く流してしまった。
ベッドから立ち上がり、歯磨きをしに洗面所へ向かった。
昨日は国光と話せて良かった。
あたしが受け入れられるようになるまで待つ、だなんて。
国光はあたしに一途…だったりするのかな。

『自惚れたら駄目だ。』

歯ブラシを咥えながら独り言を言った。
昨夜、国光と沢山キスした。
思い出すと顔が熱くなる。
次に逢えるのは何時になるんだろう。
相変わらず連絡は取っていないけど、このまま年末まで待つつもりだ。
あたしの心の整理が出来ていないのに、国光を振り回したくない。
いや、もう充分に振り回しているか…。

気分が上がらないまま、歯磨きと洗顔を終えた。
日焼け止めをばっちり塗り、夏服のワンピースに着替えた。
変装グッズの伊達眼鏡と帽子を被って向かう先は、W杯日本男子代表の泊まるホテルだ。
借りている部屋のドアにルームキーで鍵をかけ、それをフロントに預けた。
外に出て、お兄ちゃんから教えて貰った通りに道を歩いた。
持ち物は貴重品の入った小さなショルダーバッグだけだ。
誰ともすれ違う事なく、目的地に到着した。
我が物顔でホテルのロビーに入り、待ち合わせていた兄に駆け寄った。

『お兄ちゃん!』

「おはよう。」

椅子に悠々と腰を下ろすお兄ちゃんは、今日もスマイルだ。
あたしはテーブルに手をつき、ぷんすかした。

『昨日は騙したでしょ!』

「結果的に良かったんじゃないのかい?」

『良かったけど…!』

確かに、気持ちを話せてすっきりした。
お兄ちゃんにああでもされなかったら、あたしは国光と逢おうとしなかったかもしれない。

「距離は解消した?」

『……まだ。』

「でも話せたんだよね?」

『うん、お陰様で。』

話した時間よりもキスの時間の方が多かった。
そんな事、お兄ちゃんには絶対に言えない。

「距離の問題は大事な事だから、急がずゆっくりね。

年末まで引きずってあげなよ。」

『確かに年末までかかるかも…。』

あたしの頭は今回の件でキャパオーバーしている。
とりあえず日本に帰国して、家のお風呂に浸かりたい。
時間を忘れてゲームしたい。
つまりは、ゆっくりしたい。

「次は何時手塚と話すんだい?」

『もう話さないよ、お互いに試合優先。』

「言ってくれたらまた逢えるようにしてあげるから。」

『えっ…。』

嬉しいけど、難しい。
国光には試合に集中して欲しい。
同じドイツ代表のメンバーに、あたしとの逢瀬を気付かれると厄介だろうし。

『よく考えてみる。』

「慌てずにね。」

ありがとう、お兄ちゃん。
今度何か奢ってあげようっと。
あたしはお兄ちゃんの隣に座り、兄妹で他愛もない話をした。



2017.7.28




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