そっくりさんと本人

W杯開催会場のテニスアリーナにあるフードコートのテーブルで、あたしは3DSに熱中していた。
エキシビションマッチが行われるまで、約3時間ある。
この時間は人が疎らで過ごし易いし、サングラスや帽子で顔を隠そうという気にならない。
寧ろ、変装している方が逆に目立つ。
ゲームに集中し過ぎて瞬きを忘れていたから、目が乾燥している事に気付いた。
3DSをスリープモードにしてから目を擦った時、声がした。

「お待たせ。」

『あ、久し――?!』

待ち合わせをしていた人間が前の椅子に座った。
テーブルに肘をつき、あたしを見つめるその人物は…

『越前君…?』

「そうだけど。」

目が乾燥し過ぎて可笑しくなったのかもしれない。
何故なら、目の前にいる越前君が大人っぽくなり、身長も伸びているからだ。

『如何したの、急に背が高くなっちゃって…。

もしかして全国大会でクソチビって言ったから覚醒しちゃった…?』

「ははっ、何だそれ。」

この人は越前君じゃない。
とても似ているけど、違う。

『貴方は誰ですか?』

「ああ、ごめん、俺は――」

「ちょっと、勝手に何してんの。」

越前君のそっくりさんの後ろに、本物の越前君が現れた。
あたしを呼び出した本人は、そっくりさんを呆れた様子で見た。

「リョーマ、この子面白いな。

お前が気に入るだけあるぜ。」

「…変な事言わないでくれる?」

『あのー、説明して下さい。』

そっくりさんが席を立った。
越前君と並ぶと、身長差がより一層顕著になる。
顔と髪型は凄く似ている。

「俺は越前リョーガだ。」

りょーが?
不思議な名前だ。
越前君は補足した。

「一応、兄貴。」

『そっか、お兄さんいたんだね。

初めまして、不二愛です。』

「よく知ってるぜ、女子ジュニアの絶対女王。」

片手を差し出され、あたしは立ち上がってその手を取った。
とても大きな手が国光を思い出させる。

「じゃ、俺は行くぜ。

デートの邪魔して悪かったな、リョーマ。」

「な…!」

冗談でもからかわれた越前君は文句を言おうとしたけど、お兄さんはそれを避けるかのように去っていった。
あたしは陽気に手を振ってくるお兄さんに手を振り返し、席に戻った。
お兄さんの背中を見送った越前君は不機嫌そうな顔をしていたけど、溜息を吐いてから椅子に座った。
あたしの顔をチラリと窺うと、すぐに視線を逸らして言った。

「ごめん、気にしないで。」

『何を?』

敢えてしらを切り、既に頼んであったオレンジジュースをカップから飲んだ。
愉快なお兄さんだった。
お兄ちゃんにからかわれる気持ちはよく分かる。
越前君も何か頼んだら如何かと提案する前に、あたしは最も気になった事を尋ねた。

『びっくりしたよ、二人はアメリカ代表なんだね。』

「うん、そう。」

二人共がアメリカ代表のユニフォームを着ていた。
確か、越前君は国光と違って帰国子女だ。
日本で同じ青学に通っていた越前君が、遠いアメリカの代表になってしまった。

『一つ訊いてもいい?』

「何?」

『日本代表メンバーの目は気にならないの?』

国光と同じで、他国の代表。
日本代表メンバーから裏切り者と思われるのが怖くないのだろうか。

「別に、俺には闘いたい相手が日本代表にいるから。」

『じゃあ此処であたしが越前君に裏切り者って言っても平気?』

「……。」

越前君の目が泳いだ。
やっぱり生意気クールな越前君でも、気になるんだ。
国光は如何なんだろう。
人の目には屈しないイメージがあるけど、本心は聞いてみないと分からない。

「アメリカ代表にならないかって兄貴に誘われた。」

『リョーガさんに?』

越前君が再び不機嫌そうな顔をした。
その理由が分からなくて、あたしは首を傾げた。

「何で兄貴はリョーガさん≠ナ、俺は越前君≠ネ訳?」

『?』

それが如何いう意味なのか、あたしは気付かなかった。
目の前にいる友人は何故不貞腐れているのだろうか。

『じゃあお兄さんの事、越前さんって呼んだ方がいい?』

「そうじゃなくて…。」

越前君は溜息を吐いた。
その時、遠巻きに此方を指差すオーストラリア人らしき集団を見つけた。
あれは不二愛ではないか、と英語で話しているのが聞こえる。

「何で帽子とか被らないの?」

『要らないかと思って…。』

「有名人なのに意識低過ぎ。

場所変えるよ。」

越前君は席を立つと、自分の帽子をあたしの頭にぼふっと乗せた。
細やかな親切に感謝しながら、あたしはジュースを飲み干し、空のカップをゴミ箱に捨てた。





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