何処から如何見ても

もう二度と、去年のようなW杯にはしたくない。
絶対に怪我もなく無事に終わらせてみせる。
願わくば、無敗で終わりたい。

お兄ちゃんたちとホテルに戻る道のりで、あたしと先輩は壁打ち場で何があったかを説明した。
ジークフリートというドイツ人の名前もばっちり出したし、何回も連呼してやった。
国光と交際している筈のあたしを不審に思ったのか、跡部さんが尋ねた。

「手塚を放ったらかしていいのか?」

『いいんです。』

話を聞きたくないと言って国光を拒否し、何も話せないままあの場を去ってしまった。
我ながら酷い女だ。
国光が幻滅しても可笑しくない。
あたしはお兄ちゃんの隣で一貫して無表情だった。
次に尋ねたのは大石先輩だった。

「でも愛さん、手塚は助けてくれたんだよね?」

『あたし一人でも倒せました。』

渾身のエルボーアタックは効果が抜群だった。
でも、抱き締めてくれた国光の温もりが嬉しかった。
思い出すと胸が苦しくて、無意識に目を細めた。

「愛、ごめん。

僕は手塚がW杯にドイツ代表として参加するのを知っていたんだ。」

申し訳なさそうにするお兄ちゃんに、あたしはただ頷いた。
お兄ちゃんは国光に関して話があると言っていたけど、この事だったんだ。
あたしから何も反論がなかったから、お兄ちゃんは話を進めた。

「手塚と話して欲しい。」

あたしは返事をしなかった。
如何してドイツ人でもない国光が、ドイツ代表としてW杯に参加するのか理解不能だ。
ドイツはW杯で毎年圧倒的強さを誇るのに、其処に日本人が割って入っていいものなのだろうか。
少なくとも、さっきのドイツ人みたいに国光を良く思わない人間は絶対にいる。
日本代表のメンバーにも、国光が裏切ったと思う人間は絶対にいる。
そんなリスクを冒してまで、如何してドイツ代表になる必要があったのだろうか。
すると、大石先輩と跡部さんが言った。

「プロへのステップとしてこのW杯に参加するように言われたらしいよ。」

「まさか手塚がドイツ代表として俺たちの前に立ちはだかるとは思わなかったぜ。」

あたしは納得しない。
堅苦しい無表情を崩さず、不満全開で言った。

『でもそれで参加しますか、普通。』

「何言ってやがる、不二愛。

お前の為に決まってるじゃねーか。」

『え?』

あたしの為?
如何して、あたしの為にドイツ代表に?

「手っ取り早くプロになって、日本に帰国しようと思ったんじゃねーのか?」

ポケットに手を突っ込んで格好つける跡部さんは、如何やら恋のインサイトを発動しているようだ。
お兄ちゃんの目を見ると、優しく頷いてくれた。
少しだけ表情が緩んだあたしに、跡部さんが続けた。

「とりあえず、W杯期間中は俺たちがお前の周辺を見張っておいてやるよ。」

『はい、ありがとうございます。』

男子日本代表のメンバーは数も多いし、凄く心強い。
跡部さんもやっぱり頼もしい。

「お前は手塚の女だから狙われたんだろうな。」

『…今は距離を置いています。』

「アーン?ついさっきまで熱い抱擁してた癖に、説得力ないぜ?

何処から如何見ても愛し合う男女だったじゃねーか。」

あたしは顔が熱くなった。
隣のお兄ちゃんにクスッと笑われた。
跡部さんの台詞が恥ずかしくて、何処かに隠れてしまいたいくらいだ。
跡部さんは照れているあたしに尋ねた。

「エキシビションマッチはドイツと対戦だ。

観に来るんだろ?」

国光と日本チームが対戦なんて、考えたくない。
それでも、この現実を受け止めなきゃいけない。
あたしは覚悟を決め、ゆっくりと頷いた。



2017.7.13




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