妹の哀しい涙

合宿から帰宅してから初めての土曜日。
朝食後、僕の部屋で聞いた愛の台詞に耳を疑った。

「手塚と距離を置いた…?」

『うん。』

愛の目の下には隈がある。
思い悩んでいるんだ。
愛は見ている僕まで苦しくなるような笑みを見せた。

『最低でしょ、笑っていいよ。』

「去年の事はちゃんと話したのかい?」

愛は首を横に振った。
その動作も弱々しくて、僕は如何にか説得しないといけないと思った。
愛はまだ手塚に話せていない事がある。

「それじゃあ手塚は絶対に納得しないよ。

あの事を説明しないと。」

『いいの。』

「駄目だよ、逃げたら駄目だ。」

こんな離れ方は辛過ぎる。
愛は立ち上がった。
この話から抜け出すつもりだ。

『ドイツには綺麗な女の人が沢山いるから。』

「それを手塚にも言ったのかい?」

愛は視線を斜め下に落とし、返事をしなかった。
つまり、言ったんだ。
手塚には衝撃的だっただろう。

「酷い女を演じて如何するつもりだい?

まだ自分が手塚の重荷だと思ってる?

手塚が一人でも大丈夫だと思ってる?」

『……。』

愛は泣きそうな顔をした。
まだ手塚の事が好きなのに。
手塚だって愛の事が好きなのに。

「テニス雑誌の記事だって発行前に押さえたよね?

もし記者が手塚に近付いたって、あの手塚なら簡単に一蹴するよ。

テニス協会も僕も裕太も、愛の味方なんだから。」

愛の心に僕の思いは少しでも伝わっているだろうか。
僕は言葉を続けた。

「このままじゃ駄目だよ、すぐにでも手塚と話すんだ。」

『無理だよ、またスマホの料金プランの変更は間に合わなかった筈だし。』

「言い訳は要らないよ。」

手塚がWi-Fiを繋ぎさえすれば、通信料は関係ないんだ。
僕に答えないまま、愛はドアノブに手を掛けた。
僕はその手を素早く掴み、引き留めた。

「愛。」

『お兄ちゃん、あたし…。』

愛は僕を見上げた途端、堰を切ったように涙を零し始めた。

『つらい…。』

顔を両手で覆い、僕の肩に額を押し付けた。
僕は愛の頭を撫でた。
このままじゃ、駄目だ。
こんな離れ方は辛過ぎる。



2017.6.2




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