遥かアメリカでの遭遇

あたしは選手村で荷物を纏めると、一人で其処を後にした。
大きなトランクを運びながら、アメリカの街を観光してお土産を買いに行くんだ。
開放されている壁打ち場を素通りし、街へ出よう。
昼間の太陽の下、其処で壁打ちをする少年が一人いた。

『え、嘘でしょ。』

「あ、いた。」

私服の越前君がいるではないか。
越前君はテニスボールを左手で受け止め、舗装された道に立ち尽くしているあたしに近寄ってきた。

「元気そうじゃん。

優勝したんでしょ、おめでとう。」

『あ、ありがとう。』

ラケットを脇に抱え、越前君は何時も通りのペースだ。
あたしは恐る恐る尋ねた。

『もしかしてあたしの事待ってた…?』

「別に待ってないけど。

アンタがこの大会に出るって聞いて、近くにいたから観に来てた。」

『言ってくれたら良かったのに。』

腕を組み、片頬を膨らませた。
連絡先を交換した意味がないじゃないか。
越前君は小さく笑うと、両手をポケットに入れた。

「俺、正直言うと、全国大会で優勝してからいい気になってた。」

『うん?』

話が唐突だ。
それでも越前君は話し続けた。

「でもアンタが高校生の年上相手に試合してるのを観たら、考え方が変わった。

まだまだ強い奴は沢山いるんだって思い直した。」

キャップの下にある目から闘志が見て取れる。
あたしはじっとそれを見つめた。
まだ見ぬ敵に闘志を燃やし、鋭い目付きをしている。
越前君はあたしが何か言う前に、再び話を変えた。

「来週からU-17の日本代表選抜合宿に行くから。」

『じゃあ日本に帰ってくるんだね。』

越前君がいれば、国光やお兄ちゃんにいい刺激になるだろう。

『もしかしてそれを伝えたくて待ってたの?』

「…待ってた訳じゃない。」

『連絡先知ってるのに。』

本当は待ってくれていた癖に。
素直じゃないんだから。

『今年の合宿の収集メンバーは化け物のオンパレードらしいよ。』

「化け物って…。」

数年に一人の逸材が沢山いるんだとか。
テニス協会の人から聞いた。
国光やお兄ちゃんもいるし、W杯優勝だってあるかもしれない。
やっぱりドイツが強いと聞くけど、日本にも可能性はある。

「じゃ、俺行くから。」

越前君は傍にあったベンチの上のテニスバッグにラケットとボールを片付けると、肩にかけた。
もう去るつもりだ。

『越前君は何時も液体窒素みたいにクールだね。』

「何それ、何処で覚えた台詞?」

『何かの本。』

越前君が柄にもなく大きな声で笑った。
珍しくて、あたしはきょとんとした。
越前君のツボに入ったらしい。

「やっぱアンタって面白いよね。」

『褒めてるの?』

「多分。」

これは褒めているつもりはなさそうだ。
寧ろ、小馬鹿にしている。
越前君が帰ろうとするから、あたしはそれを台詞で引き留めた。

『ちょっと待って。

折角遥か遠方のアメリカで逢えたんだし、買い物くらい付き合ってよ。』

「アンタと二人で買い物なんて、手塚部長に怒られそう。」

『怒る意味が分からないよ。』

あたしは越前君の先に行き、ちょいちょいと手招きした。

『案内して?』

「めんど臭い。」

ぶっきらぼうにそう言いながらも、越前君はあたしの隣を歩いてくれた。





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