流れ行く時間

夏休みが明け、放課後の生徒会室。
国光とあたしの二人きりだ。
字をスラスラと書いていたあたしがペンを置くと、隣に座っていた国光が自分のスマホの画面を見せた。

「愛、これを観てくれ。」

『ん?』

それは動画だった。
国光のレギュラージャージの襟首を引っ掴み、鬼の形相のあたしが映っている。
周囲に大会出場校の男子テニス部員が大勢いる中でもお構いなし。

《左肩見せろっつってんだろーが!!

じゃないとその眼鏡跡形もなく踏ん付けてやる!!》

『…………。』

「乾が今し方送ってきたばかりの動画だ。」

あたしは数秒間フリーズしたかと思うと、頬が引き攣った。
これは先月末の全国大会決勝戦で国光が真田さんに敗北した直後の様子を写したものだ。
お兄ちゃんの肩を借りてベンチへと戻ってきた国光が、左肩や肘の状態よりも次の越前君の試合に集中しようとしたから、あたしが激怒したんだ。
まさか録画されていたとは。
乾先輩にとって、国光が突っかかられている様子は珍しくて仕方なかったんだろう。

『……ご、ごめん。

あれは派手にやらかしたよね…付き合ってる事も広まっちゃったし、ほんとごめん。』

「広まったのは寧ろ良かった。」

『え?』

国光は小さく微笑み、スマホを制服のポケットに片付けた。
青学は全国大会で華の優勝を飾った。
あたしも決勝戦だけは如何しても観たくて、お姉ちゃんの運転する車で大会の開催場に向かった。
無理をしてでも闘い続ける国光を見て号泣したのは、記憶に新しい。
真田さんとの激闘で負傷した国光は、また再び九州へと治療に向かった。
その時は笑顔で送り出せた。
好きだと言ってくれたから。
帰ってきたのは、つい二日前だ。

「越前にも突っかかっていたな。」

『あー…そうね…。』

―――記憶失ってる場合かクソチビ!!

そう怒鳴ったのも、これまた記憶に新しい。
あたしよりも越前君の方が身長が低いとはいえ、流石にクソチビは失礼だった。
思い出すと小っ恥ずかしくなる。

『この話は止めよう!』

あたしはペンを持ち直した。
よし、話を変えよう。

『あたしが生徒会にいない間、国光と先輩が代わりに書記をしてくれてたんだね。』

「少しだけだ。」

国光は怪我でドイツや九州にいたから代理をした期間は少なかったけど、あたしには印象的だった。
学校に張り出された学園だよりを書いた国光の文字は綺麗だった。
でも、今はこうして生徒会で仕事が出来る。
あたしの病状は回復傾向にある。
先月の酷い発作もあれ以降は見ていない。
点滴で早退する日も少なくなったし、テニスも部活のラリー程度なら余裕だ。
もう少しすれば試合も許して貰えるかもしれない、と淡い期待を抱いている。
今は年末に開催される二つの国際大会に日本代表として出場するのが目標だ。
その内の一つがU-17のW杯だ。
男女に分けて行われる大会に国光と一緒に出場して、二人揃ってオーストラリアへ行きたい。

今年こそ、平和なW杯にしたい。
忘れもしない去年のW杯では、苦い思いをしたから。
恋人の横顔を見つめながら、安定したW杯が訪れるようにと願った。



2017.5.22



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