サボテン
不二愛、中学3年生の夏。
今日はあたしの部屋で国光と勉強だ。
同じテーブルで隣同士、期末テストの勉強をしている。
あたしは苦手な数字の羅列に嫌気が指し、おやつの時間を差す時計を見た。
『休憩したい。』
「ああ、いいだろう。」
国光はシャーペンを置き、あたしの頭を撫でてくれた。
2時間も集中した事を褒めてくれているんだ。
「愛。」
『何?』
なでなでされたあたしの機嫌は上々だ。
国光はあたしの学習机に視線を送った。
「サボテンが少し枯れている。」
『えっ?!』
サボテンって、まさかお兄ちゃんに貰ったあのサボテン?!
慌てて座布団から立ち上がり、学習机の椅子に座った。
机の本棚の隅に置いてあったサボテン。
小さくてまん丸で、掌サイズのガラス容器に入ったお洒落なデザイン。
あたし自身も気に入っていたのに。
それが今は所々が茶色く変色し、力なくくたっとしている。
そう言えば、最近期末テストで頭がぱんぱんで、面倒を見てあげていなかった。
国際大会で家を空ける時はお兄ちゃんに世話を頼んでいたから、テスト前もそうすればよかった。
『お兄ちゃんの真っ黒な微笑みが目に浮かぶ…。』
はぁと溜息を吐き、掌に乗せていたサボテンを机に置いたつもりだったけど、間抜けにも手から滑らせてしまった。
『あ!』
「…!」
宙に浮くサボテンを反射的にキャッチした。
肥料は溢れなかったし、部屋の惨事は免れた、けど。
『痛…っ !』
左手の中指にサボテンの針が数本刺さり、慌てて引き抜いた。
ポーカーフェイスを崩した国光が目を見開き、今度こそ机にサボテンを置いたあたしに駆け寄った。
「何をしているんだ…!」
心配性な国光の声。
あたしはちょっぴり血が滲んでしまった指を見ながら苦笑した。
「見せてみろ。」
大人しく国光に指を見せると、険しかった表情がほんの僅かに緩んだ。
重傷じゃなかったから、安心したんだと思う。
『地味に痛い…。』
「消毒するぞ。」
『リビングに消毒液と絆創膏があるよ。』
いざ、二人でリビングへ。
其処には悠々と紅茶を飲んでいるお兄ちゃんがいた。
「二人して如何したんだい?」
あたしの青い顔を見て、お兄ちゃんは不思議そうに言った。
『お兄ちゃん、救急箱何処だっけ?』
「愛が指を針で刺した。」
「ドジだね。」
ドジと言われてしまった。
とりあえず傷口を水で洗い流し、針が残っていないかを確認した。
その後はダイニングテーブルで国光が丁寧に消毒してくれた。
救急箱を用意してくれたお兄ちゃんは、絆創膏を見つめるあたしに尋ねた。
「何の針が刺さったんだい?」
来た、致命的質問。
あたしが言葉に詰まっていると、国光が淡々と説明した。
「愛が枯れていたサボテンを落としそうになった時に刺さった。」
その台詞を聞いた瞬間、お兄ちゃんの微笑みが黒くなった。
国光の影に隠れたい。
「愛……また枯らしたんだね。」
『あ、はは…そうなんです…。』
前回はサボテンを転かし、そのまま肥料の補充を忘れてしまった。
国光が救急箱の中身を片付けながら言った。
「愛に世話をしなければならない物を渡すのはよくない。」
「なるほど、まず其処からだね。」
あたしは肩を落とした。
すみませんね、世話するのが苦手で。
この日は怪我をしたり馬鹿にされたりと、ドジな特性を思い知った日になった。
勉強が終わった後は、静かに読書をする国光の隣で、むやみやたらにゲームに熱中したのだった。
2009.11.5
2017.3.22 改
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