迫る日

『ただいまー!』

「戻りました。」

小夜とシルバーはネンドールとテレポートし、オーキド研究所の庭へと到着した。
オーキド博士とケンジは二人を温かく出迎えた。
オーキド博士は小夜が清々しい表情をしているのを見て、三泊四日の旅という名のお出掛けを楽しめたのだと悟った。

「おかえり、小夜、シルバー君。

楽しめたようじゃな。」

『はい、とても。』

二人はホウエン地方のムロタウンに出掛けていた。
海に囲まれた街は人口が少なく、雰囲気も和やかで、予知夢当日が迫る二人やポケモンたちの緊張をやんわりと解しただろう。
小夜の笑顔は眩しかったし、シルバーも穏やかな表情をしていた。
ただ、これは二人が別行動になる前の最後のお出掛けとなった。


―――コンコン


一階のとある研究室。
オーキド博士はそのノック音で一昨日の回想から我に返った。
ケンジによって整理整頓されているその部屋でパソコンと向き合っていたが、椅子をくるっと回転させて扉に向かって言った。

「誰かな?」

「シルバーです、失礼します。」

「シルバー君か。

おや、オーダイルも御苦労。」

扉を開けたシルバーについてきたオーダイルは、オーキド博士ににこりと笑顔を見せた。
シルバーとオーダイルは底の浅いプラスチック製の大きな容器を持っている。
其処には個別包装されたカプセル剤が沢山入っていた。
庭のポケモンたちの為のウイルス感染予防薬だ。
夏になってから世間で流行っている感染症があり、庭のポケモンの誰かが感染する前に予防するのだ。
オーキド博士はシルバーとオーダイルからそれを受け取り、満足そうな笑顔を見せた。

「調合が終わりました。」

「うむ、今回も上出来じゃのう。

オーダイルも手伝ったのかな?」

「はい、助かっています。」

“混ぜるくらいしか出来ないけどね。”

オーダイルは照れ臭そうに笑ったが、誰でも出来るような単純な作業しかしていない。
それでも手伝ったと言ってくれる主人が好きだ。

「オーダイルが持っている方が配達の分です。」

「ありがとう、ウツギ博士もプラターヌ博士も助かっておるよ。」

シルバーが調合した薬はウツギ研究所とプラターヌポケモン研究所へと配送される。
ウツギ博士はオーキド研究所に来た事があり、シルバーもこの三ヶ月弱で何度か顔を合わせた。
だが一方のプラターヌという博士には逢った事がない。
カロス地方のポケモン博士らしく、小夜が解読した古代文字の文書をオーキド博士から受け取った人物だ。
その経緯で文書が漏洩した事もあり、シルバーはその人物を若干警戒している。
だがオーキド博士がプラターヌ博士を信頼している様子を見せている為、シルバーは特に何も言わない。

「さて、シルバー君。」

「はい。」

「君が旅に出るのは三日後じゃな。」

「……。」

シルバーは目を伏せ、隣にいるオーダイルも寂しそうな目をした。
予知夢が現実となる日まで残り一ヶ月に迫ろうとしている。

「小夜には何時話すつもりかな?」

「前日にしようと思います。」

「明後日じゃな。」

未だに小夜には話せていなかった。
小夜はシルバーやそのポケモンたちを此処に引き留めるだろうし、旅に出るのを納得するとは思えない。

「君が言おうと思った時に言えばよい。」

「はい。」

オーキド博士はシルバーの気持ちを汲み、何も強要しない。
だがシルバーたちが旅立った後の小夜が心配だ。


―――プルルル…


オーキド博士のテーブル上の電話が鳴った。
その瞬間、オーキド博士が困ったような顔をしたのをシルバーは見逃さなかった。

「おや、電話じゃな。」

「じゃあ、俺たちは失礼します。」

「また夜に逢おう。」

オーダイルがオーキド博士に手を振り、オーキド博士もにこりとして振り返した。
シルバーは一礼してから研究室を後にした。
ポケットに手を突っ込み、隣を歩くオーダイルの目を見た。

「誰からの電話だろうな。」

“うーん。”

少なくともオーキド博士にとって好意的な電話ではなさそうだ。
以前から小夜はオーキド博士が何か隠していると主張していたが、それと関連している気がしてならない。

『あ、シルバーとオーダイル!』

階段を上がっていると、小夜とエーフィが下から顔を出した。
シルバーは振り返り、恋人の姿で表情が緩んだ。

『洗濯物を干し終わったの。』

「暑いから早く乾くだろうな。」

オーダイルは小柄なエーフィに挨拶した。

“やあ、エーフィ。”

“オーダイルは今日もお手伝い?”

“そうだよ。”

シルバーの隣に並んだ小夜は、何時ものように綺麗に微笑んでいる。
シルバーがこの研究所を出る日はもう三日後に迫っているが、小夜は至って普段通りだ。
約三ヶ月前から特に何も変化はなく、予知夢も見ない。
二人の間に喧嘩もなく、寧ろ仲睦まじい。

『日差しがあったかくて、お昼寝したくなっちゃった。』

「まだ朝だろ。」

普段通りの他愛のない会話。
主人たちの遣り取りが好きなオーダイルは切なくなり、少しだけ眉尻を下げた。
それを見たエーフィは、シルバーたちが此処を出る日が近いのを察したのだった。



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