一泡-2

ゲンガーの催眠術が効き、シラヌイは倒れて動かなくなった。
恐怖の余韻に魘されているのか、未だに震えている。
冷めた目でそれを見下ろす主人に向けて、オーダイルはダイゴから貰った新しいリングノートに字を書いた。
ご主人かっこよかった

「…は?」

得意の医療知識でシラヌイを追い詰め、話を聴き出した主人。
その気迫にポケモンたちは釘付けになった。
あの遺跡でシラヌイに一泡吹かせてやると言ったが、一泡だけでは済まないような気迫だった。
注射器の中身はテトロドトキシンではない。
高熱を伴う軽い脳症を引き起こすウイルスだ。
数日で治る程度の濃度で調合してある。
何者かの襲撃によるショックと、脳症の後遺症により、記憶が消えた。
そう診断せざるを得ないだろう。
朝起きれば高熱が出て、講演会どころではなくなる筈だ。
シルバーはオーダイルの文字に呆気に取られたが、そんな場合ではない。

「兎に角、データを消すぞ。」

シルバーはテーブルの前に立ち、電源のついたパソコンと向き合った。
アウターの内ポケットからあのUSBメモリを取り出し、パソコンと接続した。
そして無線のワイヤレスヘッドマイクのスイッチを押した。

「此方、シルバー。

シラヌイから情報を聴き出した。

電子データの削除を開始する。」

《了解。》

ダイゴの返事を受け、シルバーは銀髪の彼から受け継いだソフトを起動した。
シラヌイのパソコンのパスワードがソフトによって自動入力され、第一関門を突破した。
こんなに簡単に突破していいものなのか。
シルバーは口角を上げ、背後から覗き込んでくる三匹に言った。

「お前たちは廊下やエレベーターの見張りをしてくれ。

誰かいたら催眠術を使え。」

三匹は声を揃え、了解と言った。
先ず初めにゲンガーが透明化し、扉を擦り抜けた。
誰もいないのを確認し、再度室内に入って二匹を呼んだ。
オーダイルが扉をそっと開け、三匹は部屋を出ていった。

シルバーはパソコンに保存されているあらゆるデータを漁った。
シラヌイが開発したと思われるソフト内に、シルバーが目的としていたデータを発見した。
やはりシラヌイは生物兵器、つまりポケモンに感染させるウイルスを発明していたようだ。
完成させたらしいウイルスの化学構造式を見つけたが、見た事のないものだった。
シラヌイは生成工程や感染のシミュレーションを繰り返していると話していたが、それは本当らしい。
ウイルス散布の実験を計画していたらしいが、その対象となった場所は――トキワの森。

「…マジかよ。」

シルバーの口は無意識に動いていた。
実験予定日は約一ヶ月後だ。
シルバーはそれらの情報を頭の中に叩き込み、一つ深呼吸した。
彼のウイルスソフトのデータ破壊機能を立ち上げ、エンターキーを押した。
完了予定時間は五分、ウイルス送信中と其々表示されたのを確認した時、無線から声がした。

《此方、ダイゴ。

進行状況は?》

「後五分でデータ削除が終了します。」

《了解。

引き続き防犯カメラの確認を続けるよ。》

「お願いします。」

無数に張り巡らされているインターネット回線や電波に反応して、電子データ情報が破壊され、削除されてゆく。
シルバーはじっと待った。
随分と長く感じた。
すると、情報削除完了を知らせる乾いた音がした。


―――ピーッ


complete

彼も聴いたであろう高い音。
彼も見たであろう文字の羅列。
シルバーは悲壮感さえ覚えた。
彼は一体どのような状況で、これらを見聴きしたのだろうか。
目を逸らしそうになるのを堪えながら、シラヌイのパソコンと小型タブレット内のデータが全て抹消されているのを確認した。
シルバーは小さく吐息をつき、無線に手を遣った。

「此方、シルバー。

データ削除の完了を確認。

小夜に連絡します。」

《了解。》

シルバーは左手首のポケナビを操作し、恋人を呼び出した。
深夜だというのに、その応答は早かった。

《もしもし。》

「小夜。」

悲壮感に蝕まれるシルバーの一言だけで、第六感に優れる小夜は何かと察したかもしれない。
シルバーは感情を隠せない自分に嘲笑した。

《分かってるから。》

小夜の声が優しくて、シルバーの表情は少しばかり緩んだ。
だが次の小夜の声は真剣だった。

《記憶削除を始めるね。》

「頼む。」

シルバーは不意に目を閉じた。
そして、映像を見た。
宇宙のように深い色をしていて、時空を思わせる神秘的な空間。
其処に佇んでいたのは、ディアルガだ。
赤色の双眼で此方を真っ直ぐに見つめ、一度だけ頷いた。
時を司るディアルガには見えていたのかもしれない。
無数のポケモンたちがシラヌイによって開発されたウイルスに感染し、世界が破滅に向かう光景が。
ディアルガの双眼に吸い込まれるようにして映像が入れ替わり、シラヌイのパソコン画面が目の前に映った。
シルバーがはっと息を呑んだ時、小夜の声がした。

《シルバー、終わった。》

「分かった。

ダイゴに連絡する。」

《私にも後で連絡してね。》

「ああ、必ず。」

シルバーは静かに通話を切った。
無線に手を遣り、そっと口を開いた。

「此方…シルバー。

全て完了した。」

《よくやったね。

誘導するから引き上げてくれ。》

「了解。」

シルバーは椅子から立ち上がり、小型タブレットとパソコンからUSBコードを引き抜いた。
彼から受け継いだUSBメモリを取り外し、アウターの内ポケットに大切にしまった。
シラヌイが持つ荷物から講演会の内容が記されたファイルや書類を盗み出した。
最後に、大量の汗を顔に滲ませながら倒れ込んでいるシラヌイを見下ろした。

「今まで殺してきたポケモンたちの無念を、記憶を失くす事で償え。」

シルバーは踵を返し、部屋から立ち去った。
ふと彼の姿が脳裏に浮かんだ。
頷いてくれた気がした。



2017.9.20




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