作戦開始-2

無線のワイヤレスヘッドマイクが正確に機能するかを確認したシルバーとダイゴは、それを頭に装着した。
携帯型の無線を持ったのはマニューラとゲンガーだ。
シルバーはトキワの森にも着ていった黒いマントを羽織り、ポケットにボイスレコーダーを入れた。
ダイゴも引き出しの奥から引っ張り出してきた上下共黒のジャージを着た。
黒を選んだのは、暗闇で目立たないようにする為だ。

現時刻は午前三時。
小型カメラを見ている限り、外出している人間はいないし、ホテルの電気も殆ど消えている。
シルバーはあのUSBメモリを片手に握り、ダイゴとポケモンたちとテーブルを囲っていた。
ポケナビの音声が聴こえ易いように、左腕を前に突き出している。

《皆、気を付けて。》

小夜の真剣な声だ。
次にはオーキド博士の穏やかな声がした。

《君たちなら無事に終えられるじゃろう。》

小夜には記憶削除のタイミングで電話する事になっている。
皆が頷き、改めて気を引き締めた。

《シルバー、信じてるから。》

「俺も成功すると信じている。」

登山の際に使用している薄い手袋をつけているダイゴは、その拳を強く握った。
成功させる自信ならある。

《ダイゴ君、頼んだぞ。》

「任せて下さい。

小夜ちゃんも、心配しないで。」

《はい、如何かお気を付けて。》

ダイゴは微笑んだ。
小夜の凜とした声が力をくれる。
シルバーはポケナビを口元に寄せ、小夜に言った。

「小夜…行ってくる。」

《待ってるから。》

「ああ。」

目を閉じながら話すと、まるで小夜がすぐ傍にいるような気がした。
そっと通話を切り、目を開けた。
ダイゴの目を見て、しっかりと頷いた。
準備完了だ。
作戦開始の合図に、ダイゴは声を張った。

「行こう!」

ダイゴがリモコンのボタンを押すと、先ずは部屋のシャンデリアの明かりが消えた。
外に無駄な光を漏らさないようにする為だ。
全面ガラス張りのシャッターの一部が静かに開いた。
ジバコイルが頭上のアンテナから淡いフラッシュを放ち、ダイゴの手元を照らした。
ダイゴはその明かりを頼りに、ガラス窓の緊急用の出入り口の鍵を開け、思い切り内側に引いて開け放った。
その間にクロバットがマニューラを背に乗せ、その隣をゲンガーが浮遊した。

「気を付けて行けよ。」

主人の声を合図に、三匹は堂々と笑って飛び立った。
暗闇の中に紛れた三匹を見送ると、次はラティオスがオーダイルを背に乗せ、一旦外に出た。
そしてシルバーが背に乗り込んで来るのを待った。
高い処が苦手なオーダイルは、下を見ないように必死だ。
通訳の自分がモンスターボールの中に待機しているのは嫌だと言い張り、シルバーと一緒に飛行するのだ。
部屋に残っているのは、シルバーとダイゴ、そしてジバコイルとメタグロスだ。

「ジバコイル、頼んだぞ。」

ジバコイルは電子音を発しながらU字磁石をくるくると回し、気合いを見せた。
フラッシュや磁場を使えるジバコイルは、ダイゴと共に行動する。
ダイゴは色違いのメタグロスの大きな頭に片手を乗せた。

「任せて。」

シルバーは頷いた。
ダイゴもメタグロスも非常に心強い。
ジバコイルも安心してついて行くだろう。

「無事にこの屋上で逢おう。」

「はい。」

シルバーが外に向かって駆け出し、窓枠を蹴って飛び出した。
目を見張ったダイゴがガラス窓から外を慌てて覗くと、見事にラティオスの背に飛び移ったシルバーが暗闇に紛れて飛び去るのが見えた。
胸を撫で下ろしたダイゴは、微笑みながらジバコイルに言った。

「…肝が座った主人だね。」

こんな高度から飛び出すとは。
寧ろ、あれ程でないと小夜の恋人は務まらないのかもしれない。
ジバコイルはにこにこした。
自慢の主人だからだ。

「僕らも行こう。」

ダイゴはジバコイルのフラッシュを頼りに、書斎のガラス窓とシャッターを閉めた。
そして書斎のドアを開け、電気のついている廊下にジバコイルがそーっと出た。
フラッシュをやめると、非常用の外階段に続く廊下を音もなく浮遊し、人やポケモンの気配がないのを確認した。
書斎の前に戻り、ダイゴとメタグロスに頷いた。

「よし、行こう。」

ダイゴは広くて長い廊下を走り出し、ジバコイルとメタグロスがそれに続いた。
非常用の外階段に続くドアを開け、更に外から鍵を閉めた。
念力で浮遊したメタグロスの片腕に掴まり、一気に地表まで降りた。
流石の高度に肝が冷える思いだったが、シルバーに負けてはいられない。
ジバコイルとメタグロスと共に駆け出した。
今頃、ゲンガーがホテルの電気が点いている宿泊部屋に片っ端から侵入し、起きている人間やポケモンに催眠術をかけて回っているだろう。
ダイゴはジャケットのポケットから取り出した地図を片手に、舗装路にあるマンホールまで走った。

「此処だね。

メタグロス、一旦戻ってくれ。」

メタグロスは低音の声で返事をすると、モンスターボールに吸い込まれた。
その間に、ジバコイルは強力な磁場で大きなマンホールをこじ開けた。
中は水路になっていて、あのホテルの避難経路に繋がっている。
ダイゴは思い切って中に飛び込んだ。



ホテルの屋上に降り立ったシルバーは、フードで顔を隠しながら待機していた。
冷たいコンクリート製の屋上には、大量の物干し竿が置かれている。
此処に洗濯物を干しているのだろう。
シルバーの傍にはオーダイルとクロバットがいる。
不意に見えない何かの視線を感じたシルバーは、背後を振り返った。
すると其処に透明化していたゲンガーが現れ、親指をグッと立ててみせた。
ホテルに宿泊している人間全員に催眠術をかけ終えたのだ。
このような時間にもホテルに入る人間がいるかもしれないのを考慮し、受付の従業員には催眠術をかけていない。

「よし。」

マニューラにはホテルの入り口前の草陰に待機させている。
何か異常があれば、無線で知らせてくる筈だ。
ヘッドマイクから音が聴こえた。

《此方、ダイゴ。

シルバー君、聴こえるかい?》

「聴こえています。」

《ホテルに侵入成功。

防犯カメラの監視制御室前にいる。》

「了解、ゲンガーを向かわせます。

ゲンガーの声を合図に扉を開けて下さい。」

無線の音が切れた。
ゲンガーは拳を突き上げてみせると、身体を透明化してから屋上の扉を擦り抜けた。
今日の自分は透明化という性質や催眠術のお陰で大活躍だ。



ダイゴは監視制御室前の真っ暗で狭い避難経路の廊下に立っていた。
ジバコイルのフラッシュを頼りに、広い地下水路を通ってきた。
工事現場の人間の為に作られた通路を通った為、濡れずに此処まで来られた。
すると、無線からゲンガーの声がした。
ダイゴはそれを合図に、ゲンガーによって解錠された扉を慎重に内側に開いた。
六畳程の広さの薄暗い部屋には、壁一面を埋めるモニターがあった。
其処に防犯カメラの映像の数々が鮮明に映し出されている。
ホテルのロビー、廊下、エレベーターなどの様子が確認出来る。
部屋の中央にはゲンガーが浮遊していて、テーブルの電子画面の上に突っ伏すように二人の警備員が眠っていた。

「催眠術は成功したんだね。」

ゲンガーは頷いた。
この部屋にも防犯カメラが設置されていたが、ゲンガーがその電源を落として停止させている。
ダイゴは色違いのメタグロスをその場に放った。

「メタグロス、念力。」

メタグロスは二人の警備員をモニター前から退かし、部屋の角に丁重に並べて座らせた。
ダイゴはメタグロスに目配せで感謝を伝えると、モニターの前の椅子に腰を下ろした。
指紋予防の為にはめた手袋のまま、キーボードを映像化している電子画面を確認した。
デボンコーポレーションに保存されていた資料通りの画面だ。

「シルバー君、此方ダイゴ。」

《はい、聞こえています。》

「今から防犯カメラの録画を停止する。」

《了解。》

操作の手順は資料を熟読して記憶してある。
電子画面をタッチし、録画を停止した。
これでダイゴはこのモニターで防犯カメラの映像を確認出来るが、一方でシルバーの姿は記録されなくなった。

「完了した。

ゲンガーを向かわせる。」

《了解、突入します。》

ダイゴは屋上の扉から最も近い廊下の一つのモニターに、クロバットの姿を確認した。
クロバットが通り道に異常がないのを確認し、翼で合図をした。
すると、シルバーとオーダイルが走る姿が見えた。
シルバーはマントで身体と顔を完全に隠している。
ダイゴはメタグロスと共にモニターを確認しながら、シルバーたちを無線で誘導した。
シルバーはエレベーターではなく階段を使って駆け降り、廊下へと出た。

「奥から三つ目の部屋が奴の部屋だ。」

《了解。》

シルバーは扉の前に立ち、一度深呼吸をした。
ほんの一瞬だけ、ディアルガの姿がシルバーの脳裏を過った。
見守ってくれているのが分かる。
オーダイルとクロバットに目配せしてから、ドアノブのレバーに手を伸ばした。



2017.9.6




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