何時か必ず-2

小夜やそのポケモンたちはダイゴと会話を重ねていると、徐々に分かり始めた事がある。
ダイゴは紳士的な性格だ。
二度も傷付けてしまった小夜をこれ以上傷付けないように、慎重に言葉を選ぶ。
そして一度興味を持てば、その答えを求めて突き進む探究心の持ち主だ。
古代文字の描かれた木簡が発掘されて以降、それを解読出来る者を探し続けていた。
更に、ホウエン地方のチャンピオンでありながら、各地を旅している自由人。
自分がしたい事を思いのままに続けられるのは、デボンコーポレーションの御曹司という地位があってこそだ。

“私は納得しない。”

“まだ言ってるよ。”

エーフィの不満に反応したのはボーマンダだ。
ダイゴがメタグロスをモンスターボールに戻し、帰る支度をしに部屋へ向かった途端、エーフィはぶつぶつ言い始めた。
スイクンの体毛をポケモン用ブラシで梳かしている小夜は苦笑した。

『昨日の今日だからね。』

“私は小夜の勘は信じてもいいよ。

でもあの人は信じられない。”

エーフィは耳の裏を前脚で勢いよく掻いた。
小夜はスイクンの前に回り、その顔に触れた。

『心配?』

“当然だ。”

『うん…ありがとう。』

スイクンはシャッターの閉められた部屋を見上げた。
ダイゴが小夜を気遣っているのは伝わるが、お香を焚いた事実を帳消しには出来ない。
あのお香の煙によって小夜の身体が過剰反応を起こし、苦しめられた事に変わりはないのだから。

スイクンが見上げている部屋で、ダイゴはホウエン地方に帰る支度をした。
部屋の窓ガラスは小夜によって消滅し、現在はシャッターが閉められている。
此処でお香を焚き、小夜に悪い事をしてしまった。
特にエーフィから敵意を感じるし、スイクンも警戒の目を光らせてくる。
アタッシュケースを持ち、忘れ物がないかを確認してから部屋を出た。
すると、扉の前にはとある人物がいた。

「忘れ物はないかな?」

「オーキド博士。」

ダイゴは律儀に頭を下げた。
二人で一階へと向かいながら、オーキド博士は言った。

「次に来る時は事前に連絡してくれんか?」

また此処を訪れても構わない、と暗に言っているのだ。
ダイゴは浮き立つ気持ちを表情に出さないように気を付けながら返事をした。

「はい、必ず。」

「小夜の事は口外しないで欲しい。

最悪の場合、小夜は遠隔でも記憶を消せる。」

遠隔で記憶削除が可能だというのは、ダイゴにとって初耳だった。
ある日突然、昨日と今日の出来事を忘れてしまうかもしれない。
忘れているとも気付かぬままに。

「今度は約束を守ります。」

「頼んだぞ、ダイゴ君。」

ダイゴが小夜を見る目は、大切なものを見る目だ。
そう気付いているオーキド博士は少しずつではあるが、ダイゴを信頼し始めている。
一方のダイゴは口には出せないが、新しい妹が出来たような気分だった。
実際にあんな妹がいれば、自分は間違いなく過保護になる自信がある。
オーキド博士やエーフィの気持ちも分かるような気がする。
本当はもっと小夜の事を知りたい。
だか、きっと特別な事情がある。
安易には詮索出来ない。

『ダイゴさん。』

庭へと出ると、小夜とケンジや、そのポケモンたちが待っていた。
既にネンドールがテレポートのスタンバイをしている。
その首元にあるネックレスが陽の光を静かに反射していた。
ダイゴは優美な少女に微笑んだ。

「僕はトクサネシティにある自分の家に帰るよ。

また逢いに来てもいいかな?」

『はい、是非。』

ダイゴがふとエーフィを見ると、べーっと舌を出された。
相当な嫌われようらしい。
そんなエーフィに気を悪くする訳でもなく、ダイゴは小さく笑った。

『貴方とは、また必ず逢わなければならない気がします。』

「君ほど第六感は働かないけど、僕もそんな気がするよ。」

ダイゴが小夜に手を差し出すと、小夜はそれを握った。

『キーストーンとメガストーン、大切にします。

シルバーの分もお礼を言わせて下さい。』

「いいんだよ。

君が古代文字を解読した事に比べたら、大した見返りじゃないからね。」

『いえ、シルバーも私もとても助かっています。』

特にシルバーがラティオスを救った時、ゲンガーのメガ進化は大いに役立った。
首元にメガストーンの煌めきを持つボーマンダは、ダイゴと視線を合わせて頷いた。
ダイゴはボーマンダに頷き返し、小夜と手を離してから言った。

「お世話になりました。」

全員に向かって紳士的に頭を下げた。
ネンドールがその隣に浮遊した。
ダイゴはテレポート前に幾つか言葉を残した。

「ケンジ君、君のパンケーキはとても美味しかったよ。」

「また作りますね!」

その場の空気と化すように努めていたケンジは、ぱあっと表情を明るくした。
ダイゴは微笑み、次にオーキド博士の顔を見た。

「オーキド博士、次は約束を守ります。」

「期待しておるぞ。」

小夜の存在を口外すれば、記憶削除は免れない。
ダイゴは改めて気を引き締めた。
そして小夜のポケモンたちの顔を見た。

「皆にも世話になったね。」

エーフィは相変わらず拗ねているが、バクフーンとボーマンダは笑顔で見送ってくれた。
スイクンとハガネールも丁寧に頭を下げた。
無表情のネンドールも少しだけ左右に揺れて挨拶した。
個性豊かな顔触れはダイゴを退屈させなかった。
最後に、ダイゴは不思議な能力を持つ少女の顔を見た。

「小夜ちゃん。」

『はい。』

「ありがとう。」

トキワの森ではピジョットに襲われていたのを救ってくれた。
負傷した左腕を癒しの能力で治療してくれた。
特殊な境遇を持つ自分が人間とポケモンの混血である事を話してくれた。
そして、記憶を残してくれた。

「また逢おう。」

『楽しみにしています。』

小夜はふわりと微笑んだ。
それを見たダイゴは目を見開き、顔の温度が上がるのを感じた。
最後の最後にそれは卑怯だと思った。
ネンドールに腕を突かれ、咄嗟に我に返った。
皆に見守られながら、ダイゴは気を取り直して目を閉じた。
頭に思い描くのはトクサネシティにある自分の家の一室。
その映像が頭に流れ込んできたネンドールは、静かにテレポートした。



2017.6.4




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