事件後の帰宅時間

『お疲れ様。』

「ああ、お前もな。」

正門で待っていると、部活後の愛がやってきた。
俺を待たせまいと小走りする愛を見ると、表情が自然と緩む。
二人で愛の自宅への帰路を辿り始めた。
愛を自宅まで送る時間は、二人になれる大切な時間だ。

『色々とお疲れ様。』

「色々?」

『…ラブレター事件の事。』

愛からすれば、手紙の一件は事件らしい。
愛は風に柔らかく揺れる髪を耳に掛けると、俺を控えめに窺った。

『ありがとう、超高速であの子を振ってくれて…。』

「当然だろう。」

周囲に青学の生徒がいなくなった所で、愛の片手を取った。
愛は照れ臭そうに微笑むと、その手を握り返した。

『何て言って振ったの?

あー、やっぱりいい、聞きたくない。

けど聞きたいような…聞きたくないような…。』

愛は一人で悶々と葛藤し始めた。
俺はあの渡り廊下で、愛と同学年の女子生徒に言った。

―――俺には好きな人がいる。

―――すまないが、気持ちには応えられない。

棘のある言い方になってしまった。
愛は超高速と言った。
その二文しか言わなかった為、まさにその通りだったと思う。
女子から告白されるのは珍しい事ではない。
勇気を出して気持ちを伝えてくれた事に対して、感謝の言葉を口にするようにしてきた。
しかし、今回ばかりはそうもいかなかった。
愛を呼び出してまで手紙を押し付ける行動には納得出来ない。
愛を介して俺に手紙を渡した事で、余計に愛を不安にさせた。

『うーん、うーん…。』

俺と手を繋ぎながら歩く愛は、未だに葛藤している。
愛の事になると、俺は冷静でいられなくなる。
住宅街を縫うように歩き進めていると、愛が不意によろめいた。

「愛、危ない…!」

『きゃ…!』

電柱にぶつかりそうになった愛の手を引いた。
バランスを崩した愛の身体を引き寄せ、両手で腕の中に抱き込んだ。

「ぼんやりするな。」

『ご、ごめんなさい。』

俺にしがみ付いた愛は、俺を見上げて頬を染めた。
住宅街の中で抱き合うような体勢が恥ずかしいらしい。
それを察した俺は愛を離したが、少し特をした気分になった。

「この前も転倒したんだろう。」

『うん、そうなの。』

最近まで、愛の左の掌には大きな絆創膏が貼ってあった。
観月から逃げた時に転倒したらしい。

『国光がいれば助けてくれる、なんて思ってるよ。』

「何時も傍にいられるとは限らないんだぞ。」

お互いに多忙の身だ。
特に愛は俺よりも予定を詰め込み、何処までも自分を追い詰める。
関東大会の決勝前日に休んだとはいえ、丸一日の休暇は久方振りだったらしい。
お互いに手を繋ぎ直し、再び歩き始めた。
すると、愛が思い出したかのように言った。

『来月の中間テスト、頑張ろうね。』

「分からない所ならまた教えてやる。」

『本当?

生徒会の時に聞くね!』

愛は努力家だ。
体調を顧みずに、勉強に根を詰め過ぎないだろうか。

「テニスも勉強も程々にするんだぞ。」

『はーい。』

緩んだ返事だが、否定されるよりはいい。
来月は中間テストだけではなく、愛には国際大会もある。
愛が一人で突っ走らないように、俺がしっかりと見ておかなければ。



2017.1.22




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