二人の兄

僕は姉さんのラズベリーパイで裕太を釣り、一緒に帰宅した。
観月は裕太にツイストスピンショットを教えた。
あのような無茶なショットを骨格の出来上がっていない時期に打つと肩を壊す、と竜崎先生は言っていた。
僕を疎ましく思う裕太を利用した観月が許せないし、愛に近付こうとしたのも許せない。
愛が英二と桃に連れられた後、手塚が観月に釘を刺した。

―――今後、愛に近付くな。

あの時の手塚は怖かったなぁ。
観月は虫唾が走るような笑みを残して去っていった。
薄気味悪い人間だ。
僕はリビングで裕太とラズベリーパイを食べながら言った。

「あのマドレーヌ。」

マドレーヌと言った瞬間、裕太が動揺したのを見逃さなかった。
観月が愛に渡した物。

「あれは裕太が教えたんだろう?」

「そんな訳ないだろ。」

「観月に訊かれたんだね。」

「……。」

裕太は手を止め、唇を噛んだ。
愛はあのお菓子屋さんのチョコレートマドレーヌが好きだ。
それを裕太もよく知っている。
ちなみに、愛はまだ帰宅していない。

「罪滅ぼしのつもりかい?」

「な…!」

「愛を避けてきた罪滅ぼしのつもりなのかって訊いているんだよ。」

僕は怒っていた。
愛を避け続けてきた裕太に。

「あの子は強いよ、女子ジュニアの世界ランキングで1位だ。

それでも実の兄に避けられるのを辛く思っていた。」

昨日丸一日休んだ愛は話してくれた。
裕太にまだ嫌われているんだと思うと寂しいんだ、と。
昔のように仲良く話せる日を待っているんだ。

「僕の事を幾ら疎ましく思ってくれても構わない。

だけど、愛を避けるのはやめ――」

「アンタたちいい加減にしなさい!!」

姉さんの声だった。
何時の間にかリビングに戻っていた姉さんは、大きな音を立ててテーブルに両手をついた。
リビングが静まり返った。
姉さんは僕ら兄弟を睨んで言った。

「こんなの今日で終わりにしなさい!」

僕は冷静だったけど、裕太は完全に動揺していた。
姉さんがこんな風に激怒するのは珍しい。
その裕太を睨み、姉さんは続けた。

「弟呼ばわりされるのは周助のせいじゃないんだから、周助に拗ねてたって仕方ないでしょ。」

「………。」

「それにね、愛は女の子なのよ?

男の子よりもずっと繊細なの。」

「………分かってるよ…。」

「分かってないでしょう!」

姉さんは裕太のお皿をラズベリーパイごと取り上げた。
片手にお皿を持ち、片手を腰に当てる。
姉さんに見下ろされ、裕太は椅子を後ろに引きそうになっていた。

「これからは態度を改めなさい。

分かったの!?」

「……わ、分かった……。」

「周助も愛の事になると熱くなり過ぎよ?

それに裕太の事をからかうのは程々にしなさい。」

「分かったよ、姉さん。」

僕は何時もの穏やかな声で言った。
たった一人の妹である愛の事になると、裕太にさえきつくなってしまう自分がいる。
姉さんは裕太にお皿を返した。
裕太が一息吐いた時、待っていた声がした。

『ただいまー。』

「あ、おかえりー!」

姉さんは人が変わったように笑顔になり、玄関へと向かった。
愛の声を聞いた裕太の顔を見ると、少し緊張しているようだった。
裕太が愛と話すのは久し振りだからだ。

『お腹空いた!

あたしもラズベリーパイ食べ、る……。』

テニスバッグを持ったままリビングに現れた愛は、裕太の姿を見て硬直した。
裕太が帰っているとは思わなかったんだろう。
知らせるとわざと遅く帰ってきそうだから、僕は知らせなかったんだ。
姉さんが愛の後ろからやってきて、愛に言った。

「先に手洗いうがい!」

『う、うん!』

愛は早足で洗面所へと向かった。
その時、裕太が席を立った。

「愛と話してくる。」

「虐めないのよ?」

「そんな事しねぇよ…!」

裕太はぶっきらぼうに言うと、リビングを後にした。
僕は姉さんと顔を見合わせ、微笑みながら頷いた。
心配なのは山々だけど、愛と裕太なら大丈夫だ。
裕太に言いたかった事が言えてスッキリした僕は、満足げにラズベリーパイを頬張った。



2017.1.15




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