恋の力

テニススクールからバスで帰宅した時には、既に夜の11時半を回っていた。
テニススクールのテニスコートは24時間開放されている。
年齢や保護者同伴やらと制限があったりするけど、生徒なら深夜早朝限らず大体は使用出来る。
それはあたしが無理をしてでも練習してしまう理由にもなっていた。
バスの終電で帰ってきたあたしは、玄関を気怠げに開けた。

『ただいまー。』

「愛、明日が土曜日だからって遅いじゃないの!

無理するのもいい加減にしなさい!」

『あ、お姉ちゃん。』

お風呂上がりのヘアターバンと顔にパックしながら怒られても、全然怖くない。
へとへとのあたしは苦笑した。

『うん、ごめんなさい。

お風呂は空いてる?』

「空いてるわよ、愛が最後。」

『ありがとう。』

テニスで張り切り過ぎてしまった。
さっさとお風呂に入ろう。
自室にテニスバッグを無造作に置き、引き出しから下着とパジャマを引っ張り出した。
そのまま風呂場に直行し、洗濯かごに靴下やシャツを突っ込んだ。


湯船に浸かると生き返る心地がした。
やっぱりテニス後のお風呂は最高だ。
お風呂上がりに牛乳を飲もうとリビングへ出ると、お父さんとお母さんが待っていた。
周助お兄ちゃんに似ているお母さんは困り顔をしていて、裕太お兄ちゃんに似ているお父さんは険しい表情をしている。
もう日付を過ぎているし、寝たかと思っていたのに。
帰ってきてからお風呂に直行したのは、お父さんに遭わない為だったのに。

「愛、座りなさい。」

うわ……怒ってる。
お父さんの厳しい声でいそいそと椅子に座った。
目の前に座っているお父さんのつり目が裕太お兄ちゃんにとても似ていて、少し哀しくなった。

「今何時だ?」

『1時。』

ぽつりと言うと、お父さんは眉間に皺を寄せながら深く頷いた。

「最近、帰りが遅過ぎる。

まだ中学1年生なんだから、遅くなり過ぎるのはよくない。」

『だって次の大会は3連覇がかかってるの!』

プレッシャーなんて微塵もない。
向上心が止まらなくて。
自分に自信がなくて。
ただ、優勝したいだけなんだ。

「何にでも限度がある。」

ごめんなさい。
ぽつりと謝った。
すると、お母さんが慰めるように言った。

「お父さんもお母さんも愛を心配しているのよ?」

『………。』

あたしは泣きそうになった。
心配しているからそう言うんだと分かっていても、頑張っているのを否定されているように感じた。
裕太お兄ちゃんの事もあって、余計に胸が痛んだ。

『………気を付ける……ごめんなさい。』

あたしはゆっくりと立ち上がった。
お母さんも立ち上がった。

「愛、ごはんは?」

『いらない。』

眉尻を下げるお母さんと険しい表情のお父さんに背を向け、落ち込みながら部屋に戻った。
テニスバッグからスマホを引っ張り出すと、着信が入っていた。
手塚せ…じゃなくて国光から二件の着信があった。
10時過ぎにメッセージも届いている。

―――――
時間が出来たら電話してくれ。
―――――

『時間が出来たのが遅過ぎる…。』

観月さんにちょっかいをかけたせいでテニススクールに遅刻しそうになったあたしは、テニスウェアに着替えながら文章を入力してしまった。
こう改めて見ると、実に意味不明な文章を送ってしまったものだ。
明日の朝にでも謝らなくちゃ。
でも、明日はテニススクールに入り浸る予定だから、直接は逢えない。
大好きな人の顔を思い出すと、また泣きそうになった。

……逢いたいよ。





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