大予言者キューピッド

生徒会の会議が終了し、俺と愛だけが生徒会室に残っていた。
生徒会のメンバーは俺たちを気遣い、先に部活へ向かった。
手塚国光と不二愛が交際しているのではないか、という噂が学校中に回るのは早かった。
昨日、男女共用のテニスコートで大勢の生徒がいる中、俺が愛の下の名前を叫んだのが事の発端だ。
影で噂をされるのは気分がいいものではない。
しかし、俺が愛に近付こうとする男の虫除けになるのならば、それでも構わない。
以前のように愛が狂気じみた告白をされるのは御免だ。
すると、隣の席に座っていた愛がまた突拍子もない発言をした。

『そうよ、キューピッド!』

「何だいきなり。」

愛はペンを置き、頬杖をついて俺を見た。
俺も手を止め、愛を見つめ返した。

「今度話すと言っていた話か。」

『そう!』

交際当日、兄の不二がキューピッドだとかいう話をされたのを覚えている。
昨日の愛は越前と竜崎先生の孫をくっ付けようと、越前からの挑発を挑発にして返した。
その時にもキューピッドと言っていた。

『お兄ちゃんがあたしたちのキューピッドだって言ってまし…言ってた。』

昨日の越前の件で、越前にはグラウンド10周、愛には敬語を外す刑を言い渡した。
以前よりは敬語を外し易くなっているように思う。

「つまり不二は、自分が俺とお前の交際を手助けしたと言いたいのか。」

『真相は手塚先輩から聞けって言われました。』

「……敬語。」

『う…。

お、お兄ちゃんは手塚先輩があたしを意識してるのを随分と前から気付いてたって言ってまし…言ってた。』

―――君は最近、よく愛を目で追っているよね。

―――何処かを見ていると思ったら、その先には愛がいる。

不二は鋭かった。
俺の視線の先に自分の妹がいると気付いたのだ。

『それで、如何してお兄ちゃんがキューピッドなのかな?』

「お前と交際する前、お前の兄が俺にお前を支えるように言った事があった。

多分その事を言っているんだろう。」

『え、何それ…!』

―――あの子は明るく振る舞っているけど、実は繊細で何かと独りで抱え易い。

―――傍で支える人が必要だと思うんだ。

不二は愛とすれ違ってしまった俺にそう言った。
確かに、それが愛を自分のものにしたいという俺の欲に拍車をかけた気もする。

『お兄ちゃんってばあたしの知らない所で…。』

「お前の兄は何かと鋭いな。」

『そう、過保護で大予言者。』

「大予言者?」

『お兄ちゃんはあたしが誰かに告白される事も予想してたし、手塚先輩と付き合ってるのをすぐに隠さなくなるのも予想してた。』

愛は椅子の背凭れに背を預け、天井を仰いだ。
横顔が年齢に相応しくなく凛としている。

『だから昨日、あたしもキューピッドになりたいな、と思ったんです。』

「…。」

『お、思ったの。

だって実際に手塚先輩とこうやって付き合えてるから。』

「だからといって、越前と試合する事はないだろう。」

『反省シテマス。』

全く反省していない様子で、愛は片言で言った。
そして俺に微笑むと、再びペンを持った。
俺も生徒会を監督する先生に提出する為の書類を纏める。
お互いにペンを持ったのはいいが、字を書くにしては妙な音がした。


―――トントントントントン


「何をしている?」

『点字の練習。』

眉を寄せながら愛の書類を覗き込むと、ペンのインクによる点がルーズリーフに大量発生していた。
素人が見るとただの落書きにしか見えないが、愛の親友が盲目と分かる今は点字に見えなくはない。

『纏め作業の途中行程だから、別に構わないですよね?』

「お前は努力家だな。」

愛は敬語を外すのも忘れ、トントン音を繰り返す。
親友の為に、必死で練習しているのだ。
苦手科目にもこの気合いを入れて欲しいものだ。
すると、愛は本番のプリントに字を書き始めた。
もし書き間違えれば最初からやり直しだ。
集中のスイッチが入った愛には話しかけないし、俺が集中している時も愛は話しかけてこない。
数分間の沈黙が流れたが、愛が深く息を吐いてペンを置いた。

「終わったか。」

『うん、出来た。』

「なら、俺も部活へ行こう。

もうすぐ時間だからな。」

二人で片付けを終えてから生徒会室を出た。
隣同士で歩いていると、すれ違う生徒から驚きの目で見つめられた。
愛は申し訳なさそうに肩を竦めている。
俺は愛を安心させる為に、その頭に手を置いた。

「何も気にするな。

堂々としていろ。」

『うん。』

愛が俺の顔を見上げ、綺麗に微笑んだ。
そして、もう少しだけ俺に近寄って歩いた。
手を握りたくなったが、欲を抑え込みながら部室へと向かった。



2016.12.21




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