解せぬ初デート
実は、あたしは整理整頓や家事が得意だ。
お菓子作りが好きで、華代の家で何度クッキーを焼いた事か。
自分の部屋に物が多いのは得意じゃない。
クローゼットと学習机があって、女の子らしいドレッサーがある。
無地のカーペットは薄いピンク色をしていて、洗濯機で丸洗い出来る。
ベッドは落ち着いたトーンの白が好きで、模様もなく真っ白だ。
今日はクローゼットに収納してある折り畳みテーブルを引っ張り出し、カーペットの上に置いた。
大きめの座布団を用意し、其処に座って得意な文字を書く。
ちらっと隣を盗み見た。
今日も全てが素敵な自慢の恋人、手塚国光先輩。
初めて見る私服は大人っぽくて、落ち着いた色合いがよく似合っている。
今日は家に誰もいないし、彼女の部屋に彼氏が初めてお邪魔するというシチュエーションに、本来なら悶絶してしまうところだけど。
『解せぬ!!』
―――ごっ!!
あたしはテーブルに頭突きを食らわせた。
一瞬くらりとするくらいに強く頭突いてしまい、ちょっとだけ後悔した。
本を読んでいた手塚先輩が視線をあたしに移し、深々と眉を寄せる。
「如何した?」
『如何したもこうしたもない!!』
むすっとしながら手塚先輩を見た。
ぶつけたおでこが痛い。
脳内に響いたのか、頭まで痛い。
『人生初のデートが数学の勉強って如何なの…?!』
この勢いで敬語を外せたりしないだろうか。
あれから1週間経っても、一向に外せる気配がない。
手塚先輩は至って冷静に言った。
「数学の小テストが30点以下なら勉強すると言ったのはお前だろう。」
『うぐぐ…。』
その通りだった。
これは3日前、生徒会で仕事をしている時に遡る――
『明日は数学の小テストか…。』
「愛ちゃん数学駄目なの?」
『駄目です、あんなの暗号でしかありません。』
仲良しの先輩二人に悲痛な呟きを聞かれた。
手塚先輩から遠くない席にいるあたしは、テーブルに突っ伏した。
英語は話せるし、体育も家庭科も得意。
でも、その他は基本的に駄目だ。
「あたし、これ先生に渡してくるー。」
「じゃああたしもー!」
先輩たちがあたしにウインクすると、足早に教室を出た。
確信犯の再来だ。
生徒会で仲良しの先輩二人に、手塚先輩と付き合っている事を思い切って話した。
気を遣ってくれるのは嬉しいけど、ひょんな二人きりは緊張する。
相変わらずあたしたちの交際は噂になっていないし、二人きりになる機会も少ない。
手塚先輩がペンを置き、身体だけあたしに向き合った。
「数学が苦手なのか。」
『はい、実は。』
あたしは苦笑いを浮かべる。
手塚先輩は苦手科目なんてないんだろうな。
『次の小テストで30点以下だと、課題を出されるんですよ。』
「なら3日後の約束の日は、その小テストで30点以下なら勉強にするか。」
『絶対に嫌です!』
折角の水族館デートなのに、勉強なんかに邪魔されてたまりますか。
水族館でイルカショーを観ている手塚先輩を観察するのが楽しみで仕方ないのに。
「30点以下なら勉強だな。」
『望むところです!』
――そして、こうなった。
昨日返ってきた小テストの結果を見て、愕然とした。
手塚先輩に秘密にしておこうかと思ったけど、電話で馬鹿正直に話してしまったのだ。
『あたしの馬鹿…何が望むところよ全く…。』
「口を動かす余裕があるなら手を動かしたら如何だ。」
『手塚先輩のケチ。』
「…。」
手塚先輩が本をパタンと閉じた。
あ、怒ったかな。
眼鏡のフレームを静かに上げた手塚先輩は、本の代わりに数学の教科書を手に取った。
「さあ、答え合わせだ。」
『ちょっと待って下さいまだ解き終わってません。』
「遅いぞ。」
『だって分からなくて…。』
「其処なら教えたばかりだろう。」
『うう…。』
あたしはテーブルに突っ伏した。
さっきから何度も同じ公式を説明して貰っているのに、テニス馬鹿のあたしはなかなか解けない。
『もうやだ……心が痛い。』
「愛。」
『数学なんて爆発したらいいんだ。』
「……爆発?」
『自分の部屋が戦場に見える。』
「愛、しっかりしろ。」
肩に腕を回され、軽く揺すられた。
思わずドキッとしてしまった。
暫くこのままでいようかな。
もっと駄々をこねたら構ってくれるかもしれない。
「これが終わったら、ラリーでもしに行くか。」
『行きます!』
上手く丸め込まれたけど、それでも構わない。
テニス馬鹿のあたしは一気にスイッチが入った。
もし手塚先輩とラリーをするとしたら、二度目になる。
凄く楽しみだ。
2016.12.11
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